伝説の回想
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与えられた住居は大木の根元に出来た大きな穴。
彼女曰く「人の住居与えてもいいんだけど、そうすればアンタまた人の子に虐げられるでしょ。せめて体がまともになるまで人の目から離れておきなさい」と言うことだった。
当時の己には難しすぎてよく判らなかったが、アレは彼女なりの配慮だったのだと今なら判る。
どこから持ち出したのか、茣蓙や藁が用意され蔵で寝るより柔らかい寝床。見るからに使い古された物だったが布団と呼べるような布もあった。
大穴ゆえ、扉が無くいつ周りの生き物に襲われるかと言う不安はあったが、不思議と襲われると言う事は無かった。逆に目が覚めると木の実や魚が転がっていることが何度かあった。
「あのね、人の子が何かするから、この子達は自分を守ろうと人の子を襲うの。それを危険だの何だの叫ぶ人の子は愚かよね」
目覚めるたびにおいてある食料に首を傾げる己に向けて言った彼女の言葉。
更にもう一つ「それ、皆食べられるものよ。この子達は食べられないものをアンタに持ってきたりしないから」
遠まわしな覚えておけ、と言う言葉に首を縦に振った。
日々十分な食事にありつけた己から嘗ての面影がなくなりかけた頃。不意に彼女が口を開いた。
「・・・アンタに名前あげなきゃね」
「・・・」
名前?と首を傾げる己に神妙な顔をした彼女が頷く。
「そう。何時までもアンタじゃ可哀相でしょ?でもなぁ、私が人の子に名前付けても・・・いや、でもあの子につけるのとは別の話だし。私が人の子に名前を付けたからって、人の子が私に縛られることも無いだろうし・・・。うーん」
「・・・」
なにやら難しく考え込みだした彼女をボンヤリと眺める。
村では「忌み子」や「あれ」と呼ばれていたから、名前と言われても実感はない。
だから名前は要らないと伝えようとする前に、思いついたように彼女が顔を上げた。
「よし、決めた。アンタが生きたいと望んだから、私は手を差し伸べた。人の子として生きるならいずれ名前が要る。だから、私はやっぱりアンタに名前をあげる。いずれアンタが大きくなって、誰かから名前を貰えた日が来たなら私があげた名前は捨てなさい。判った?」
「・・・」
若干彼女の自己完結の色が強かったが、要するに己に名前をくれるということなのだろう。
此処で首を横に振っては、彼女に申し訳ない気がして素直に首を縦に振った。
「うん、そうでないとね。さて、名前か・・・小太郎、なんてどう?」
「(・・・こたろう)」
音のでない声で繰り返す。
はじめて聞く言葉がすんなりとその身に馴染んだ瞬間だった。
「ちなみに文字ではこう書くの」
落ちていた小枝を使い、ガリガリと地面に文字を記す彼女。
村では文字の読み書きができる人間は少なかったから、きっと彼女は学のある家の生まれなんだと考える。
「あぁ、文字ついでに読み書きと計算ぐらいは出来る様になろうか。その方が良いわ。ねぇ小太郎」
楽しそうに彼女が笑うので、よく判らないまま俺も頷いた。
それでも彼女の正体がよく判らない。
赤毛で明らかに他者と違う己を蔑む事無く、扱ってくれる。
身なりは己と違って整っているのにこんな人気がない森(林だと思ったら森だったらしい)に1人。
己と同じ孤児かと思いきや、学もあり、どこか目上の者でも小ばかにしたような言い方。
何より「人の子」と言う言い方が引っかかる。どこから見たって彼女も人だというのに。
正直、何を糧に暮らしているのか判らなかった。
嗚呼でも時折男と一緒にいるのを見かけることがある。
その時彼女は男に「お嬢」と呼ばれていた気がする。
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