越後からの来客と乱入者
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直後。
暗雲が立ち込めてもいないのに、躑躅ヶ崎に耳を劈くような轟音と共に雷が落ちた。
「うわぉ・・・」
「なっ、姫さん・・・?」
「っ・・・」
丁度3人がまさに激突するという時を見計らって凛が下ろした右手。
それが合図。
目の前に突如空から降ってきた雷に皆ギリギリの所で回避して、事無きを得たが別の意味で受けた衝撃に1人は感心し、2人は呆然としていた。
「いい加減にしなさいよ、アンタ達。そこに座りなさい、ていうか座れ」
「「「・・・」」」
有無を言わさない態度の凛にその場に自然と正座する3人。
それを確認するや否や、凛は口を開く。
「ねぇ。ココ、どこか、判ってるわよね?ココ、信玄の住居なの。判る?住居。普通の人もいるわけ。佐助とかすがにも何か思うところがあって、私の子が佐助とかすがをおちょくったのは判る。でもね。騒ぎを聞いて駆けつけた誰かを巻き込んだら、どうするつもりだったわけ?」
「「それは・・・」」
「えー、お嬢、誰か来るとか無いはずだけど。飛び火するの面倒だから、俺結界張ったし」
ケロリと反省の色など微塵も無い様に彼が笑う。
米神に浮かびそうになる筋を必死に押さえ込みながら、凛は彼に向き合いその鼻をつまんだ。
「アンタね、もう少し他者と上手く付き合おうとかそういう気はないの?!」
「いひゃい、いひゃい、お嬢!・・・ってぇ・・・、だって、俺はお嬢が無事なら、それとお嬢が大切だと思ってるこの土地と、おまけで信玄公が元気ならそれでいいんだよ」
「ちょっ・・・!」
「お主はワシをおまけと言いきるか」
「えぇ、俺の一番はお嬢で、それ以外はどうでもいいんですよ、本当は」
「・・・昔から変わっておらんな」
さして気を害した様子もなく、信玄は口角を上げる。
一瞬冷やりとした凛だが、そんな信玄の様子をみて胸を撫で下ろした。
「ときに、そなたはなにものです?おそらくひとのこではないのでしょう?」
「あぁ、これはこれは軍神殿、初めてお目にかかります。私は名乗る名は持ってはいませんが、お嬢の付き人のようなものです。仰るように人ではないので“付き人”は不適切な表現かもしれませんが、言葉のあやと言うことでご勘弁と」
「ながない・・・というと?」
なんてことない当然の疑問。
しかし彼はその問いに笑みを深くすると、視線を目の前に立っていた凛に向けた。
「お嬢がね、くれないんですよ、名前を」
「かいのとちがみよ、わけをおききしても?」
「・・・大した理由じゃないですよ。むしろ人が聞いてもきっと理解できない」
「貴様!謙信様に向かってその態度は何だ!」
「かまいませんよ、つるぎ。わたくしがききたいのですから。おはなしいただけますか?」
若干突き放したというのに、気を害した様子もなく柔らかな笑みを浮かべる謙信に凛は内心毒づく。
どうにも調子が狂ってしまう、それは謙信の纏う澄み切った気のせいなのだろうか。
とにかく今まで適当な理由をつけて逃げていたが、本人の前で理由を話さないといけない状況になっている。。
やっぱり面会なんてしなきゃよかったと後悔しながら、凛はゆっくりと口を開いた。
「名前って言うのは、一番短く、そして強力な呪い(マジナイ)です。名をつけられたものは、その名前に縛られる。人は出家した、俗世に戻ったで簡単に名前を変えるけど、私たちはそうもいかない。初めて付けられた名前にずっと縛られる。それこそ姿形まで」
「ですが、あなたさまにはなのるながあるのでしょう?」
「凛と言う名前は、この姿に対する呼称です。本来の私は形を持たないですから。でも彼は違う。彼はずっとあの姿のまま。私が名前を付けたら、彼はその名前に縛られ続ける」
「ずいぶんとたいせつにしているのですね」
「・・・はい?」
思わず訝しげな返事をしてしまい、凛は慌てて自分の口を両手で押さえた。
視界の端でかすがが思いっきり睨んできたが、今のは勝手に出てきた返事なのだから見逃して欲しい。
「なをあたえるということは、そのなにたいするせきがうまれる。だからあなたさまは、かんたんにかれになをあたえたくないのでしょう?われわれとちがい、えいえんになにしばりつけられるのなら、なおさら」
「・・・よく、お分かりで」
「ふふふ。びしゃもんてんのかごです」
柔らかな笑みを浮かべる謙信に対し、凛の口元には引きつった笑みが浮かぶ。
これでも神と呼ばれる物に属している凛からすれば、凛の知っている毘沙門天はそんな気のきいた加護などくれるような神ではない。
(でもなぁ・・・人間って信仰心っていうのがあるし・・・)
信仰、存在を信じて崇めてもらうって言うのは、悪い気分ではない。熱心に信仰されているなら尚更。
むしろ(凛の場合)「困ったときには力になるからね!」と言うぐらいの気持ちは生まれる。
・・・最もその結果が今の状態なのだが、それはこの際置いておく。
そう考えれば毘沙門天の加護と言うものもありかもしれない、凛は結論付けた。
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