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始まりの雨
(2/4)

「…嫌な予感がするのぉ」


甲斐の地を治める武田信玄は執務の手を休め、外を眺める。
空一面に広がる曇天は時折、微かに雷鳴を轟かせていた。


「お館様。ただいま戻りました」

「うむ、佐助か。して様子はどうじゃ?」


襖戸の向こうに音もなく姿を見せた忍-猿飛佐助-に、信玄は任務の報告を促す。


「伊達に大きな動き無し、越後もこの間の戦の直後で暫く挙兵はしない様子」

「ふぬ…そうか…」

「それから大将」

「なんじゃ?」


促しては見たが任務報告よりも何か言いにくそうな佐助に信玄は嫌な感じを覚えた。


「先ほど山火事が発生。原因は今、部下が調べてる」

「場所は?」

「あ〜、ほら大将が毎年供え物してる祠の近く…って大将?」


何か考え込み黙ってしまった信玄に、どうしたんだと佐助は首を傾げる。
今の自分の発言におかしいところはなかったはずだ。


「たいし…「佐助、儂は少し出る」えぇぇ?!」


言うが早いか、動くのが早いか、信玄は立ち上がり部屋を出て行こうとする。
それを慌てて佐助が引き留めた。


「どうしたの大将!真田の旦那じゃあるまいし!山火事の状況が心配なら忍隊を向かわせるから!」

「いや、これは儂が行かねばならん」

「もしかして…祠?」


返事はない。
それを肯定と受け取った佐助は諦めたように大きく息を吐き出した。


「…俺様と真田の旦那も同行しますから」

「すまんのぉ、佐助」

「やれやれ、忍び使いの荒い上司を持つと苦労しますよっとな」


肩をすくめると佐助はその場に黒い羽を残してすぐに消えた。




















空を覆っていた曇天は屋敷を出た直後、大粒の雨を落としはじめた。
雨天時特有の匂いの中に紛れ込む煙の匂いを感じ、自然と1人と2頭の足は早くなっていた。


「…これは」

「なんと…」

「え、何これ」


呆然とした様子の3人の視線の先。
それは奇妙の一言に尽きる光景だった。
木々を燃やす炎が線引きをしているかのように、一線を境に立ち止まっているのだ。
そのせいか半分だけ焼け焦げているという木が至る所で見つかった。


「佐助よ、これは何じゃ?」

「さぁ…俺様も見たこと…ちょっと旦那!手出したら危ないでしょうが!」

「ぬ…俺はこれが一体何か調べようとだな…」


伸ばした手を掴まれ、幸村が不満そうな表情を向けた。


「そう言うことは俺様がするから…旦那は下がってて」

「何を言うか!佐助、お前が怪我をしたらどうする!」

「あのね旦那……って大将?」

「お館様?」


いつの間にかすぐ横まで来ていた信玄に首を傾げる二人。
しかし当の信玄は二人に構うことなく、おもむろに拳を前に突き出した。




―バチリ!





雷のそれを思わせる音が響く。


「…やはりダメか」

「おぉぉお館様ぁぁ!?」

「大将!?さっきの俺様と旦那の会話聞いてた?!」


少し煙の出た拳を見つめ残念そうに呟く信玄と、慌てる幸村と佐助。
正確には慌てる幸村と、僅かばかり怒りを隠し切れていない佐助、だが。

しかし何というか、降り出した雨はこの火災を止めると言わんばかりに降り続けていた。
そう考えながら見れば、確かに少し火の気が落ち着いてきたように見える。


「大将、中に入れないんじゃどうしようもな…」


フと周りを見渡しながら言った佐助の言葉が途切れる。
その視線の先には、何かを抱えた青年の姿があった。

 


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