誘拐未遂事件
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「ふむ、ならば犯人は上杉の忍か」
「ねー・・・」
「後、軍神の命じゃなくて、かすが個人で動いたんだと思う。軍神が人質取るなんて考えられないしね」
「ねーってばー」
「全く、それにしても警備は何しておる」
「ねぇ、ちょっとー」
「あはー、それは申し訳ない・・・」
「ちょっと!聞いてる!?」
耐え切れず叫んだ凛が居る場所。
それは館の縁側で、更に細かく言うなら信玄の膝の上だった。
信玄は胡坐をかいた上に凛を乗せると、逃がすまいと更に後ろから抱きしめていた。
「どうした凛?」
「どうした?じゃないわよ・・・離して」
「ならぬ、また何処かに行かれてはワシも困る」
「あはー、だってさ。姫さん我慢し・・・ゴメンナサイ、出しゃばりました」
柱に凭れ掛かり、ケラケラと笑っていた佐助は凛の掌を見た途端、顔を引きつらせてその場に土下座した。
凛の掌にあったもの、それはどこからとも無く取り出した(威力抜群の)木の実。
土下座した佐助を冷たい目で見下すと、凛は木の実を懐に戻して一つ短く息を吐いた。
「何処かに行ったらって・・・そりゃぁ私も油断してたのは悪いわよ。でも、でも!私が国境越えられないのは知ってるんでしょ?」
「それはそうだが・・・しかし、心配するではないか」
「心配って・・・私、人間相手じゃ死なないわよ」
「だが、今の状態では完璧ではないのであろう?」
「そう、だけど。・・・ねぇ、信玄。怒ってる?」
「さてのぉ・・・」
どこか恐る恐ると言った感じに凛は顔を上に向ける。
見上げた先にいる信玄の表情はよく判らないが、怒っているのは確実だろう。
そんな中、どこか話が読めていない佐助が口を開いた。
「あのさ、姫さん“国境越えられない”ってどういう事?」
「そのまま。私の行動範囲は甲斐の国だけ。正確には甲斐と信濃ね。ほら、これでも土地神だから。ほいほい他の方(神様)が守ってらっしゃる土地に踏み込めないわけ」
「あぁ、なるほどね」
「そ、でも外に出れない代わりに甲斐と信濃の中でなら私は一瞬で移動出来るし、もう少し力が回復すれば侵入者も察知できるわよ」
「何それ!忍要らずじゃない!」
俺様役立たずになっちゃう!と嘘泣きを始める佐助に凛は懐に戻していた木の実を投げつけた。
「馬鹿言わないで。私は人にあまり干渉する気は無いんだから」
「痛っ!姫さん、忍は顔も商売道具なんだからさぁ・・・!」
「五月蝿い!それより何で姫さんなのよ。私、姫じゃないのに!」
「えー?でも・・・ねぇ、大将?」
佐助が目で訴えれば、信玄も顎を手で擦りながら1つ首を縦に振った。
「うむ。屋敷の者はともかく、外に向かって凛が土地神とは言えぬからのぉ」
「じゃぁ・・・佐助も普通に名前で呼べば良いじゃない。信玄だって私を凛って呼んでるのに」
「いやいやいや、俺様が姫さんを名前で呼んじゃうと、身分ってものがね!?」
「信玄と幸村が私を名前で呼んで、どうして佐助が駄目なのよ。身分とか私は気にしないのに」
「姫さんが良くても、俺様が駄目なの」
「佐助。諦めよ。凛が気にしてないと言っておるのじゃ、名前で呼べば良いではないか」
「・・・大将まで・・・」
思わぬ凛の援護砲に佐助がゲンナリと頭を垂れた。
どうもこの武田と言う軍は他と比べて、身分とか上下関係が緩い気がする。
つまり結局は自分が折れるしか無いという事に佐助は内心溜息をついた。
「・・・じゃぁ、凛様」
「幸村に殴ってもらうわよ、拳で」
「ちょっと!それは酷くない!?」
「凛。あまり佐助で遊んでやるな」
遊んでやるな、と信玄は凛を嗜めているが、その顔は随分と楽しそうであった。
ようするに嗜めている信玄自身もこの状況を楽しんでいるのだ。
「・・・じゃぁ、暫くはそれで我慢してあげる」
むぅ、と凛が年相応な表情を見せた事で、とりあえずその場は収まった。
「ところで凛よ。何かワシにいう事はないかの?」
「え?」
「ワシは凛が攫われたと聞いて、とても心配したんだがのぉ」
「・・・あー・・・え、っと。その、う、ぁ・・・」
すっぽりと信玄の腕の中に納まっている凛が酷くうろたえている。
視線を色々彷徨わせ、何かを言いかけては何度も口を噤む。
そんな事を何度か繰り返した後、普段の凛からは想像もつかない様なか細い声で
「・・・私も油断してた。心配かけて、ごめんなさい・・・」
そう呟いた。
その呟きに笑顔になったのは信玄だが、驚いたのは佐助である。
(嘘だろー)
目の前の二人の関係は「命の恩人」と言うより「親子」ではないだろうか。
一瞬「恋仲」と言う言葉も頭を過ぎったが、年の差云々以前に何か違う気がする。
上手く言い表せないが、少なくとも男女仲の匂いはない。
(とりあえず・・・)
今現在、(佐助にとって)この型破りな凛を制御できるのは、上司の上司。
武田信玄のみだと言う事を、佐助は頭の中に叩き込んでおくことにした。
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