素直じゃない
(4/5)
「幸村が心配しておったぞ」
「・・・幸村が?」
何故?と凛は疑問を浮かべる。
ここ数日の付き合いを思い出すが、特に問題はなかったはずだ。
強いて挙げるなら、今日の八つ時に足の具合を聞かれた時の応答がまずかったのだろうか?
「"凛殿が佐助に冷たいが、何かあったのだろうか。佐助は佐助で話をはぐらかして答えてはくれぬ"と」
「・・・あぁ・・・あー・・・」
信玄の言葉に凛は気まずそうに頬を掻く。
まさか同じ内容を二度も、しかも違う人から聞かれるなんて思ってもいなかった。
「えぇと・・・その、ね?」
「・・・訳を聞かせて欲しいとは言わぬ。だがの、凛がこの甲斐の地を日々案ずるように、ワシも部下の幸村の事は日々案じておる。そして、幸村も部下の佐助の事を案じておる。・・・それは判っておるな?」
「・・・えぇ」
「昔よりはマシにはなったが佐助も忍ゆえ、あまり己の感情を表には出さぬ。しかし佐助とて人の子じゃ。完全に感情を殺しているわけではない」
ザワリと草木が揺れ、信玄と凛の間を風が吹きぬける。
「ワシとしては、この甲斐の地ひいては日ノ本の民が笑っていて欲しいと願うのだがのぉ」
「・・・もぉ、判ったわよ。判りました!」
降参だといわんばかりに両手を挙げた凛に、信玄は僅かに口角を上げる。
そして昔より小さくなった凛の体を自分の方に抱き寄せた。
「凛は聞きわけが良いのぉ」
「違うのよ、信玄がずるいのよ」
「さて?何のことじゃ?」
「あら嫌だ。とぼけるなんて、甲斐の虎の正体は虎の皮をかぶった狸だったのかしら」
不服そうに口を尖らせるも、凛の顔には笑みが浮かんでいた。
「正直に言うとね。私にとっては天下とかどーでもいいわけ、私はこの地を護るだけだから。むしろ人の勝手で大地が血に染まっていくのは不愉快なの」
「・・・手厳しいのぉ」
「事実よ。でもね。私だって甲斐の地に生きる・・・人も草木も動物も・・・皆、笑っていて欲しいわけ」
だから、と言葉を区切り、凛は顔を上げる。
「・・・早く戦乱を終わらせて・・・絶対取ってよね、天下。見せてくれるって約束でしょう?」
「言われずとも判っておる」
「うん、そう言うと思った」
クスリと凛は笑い、己を抱き寄せる腕に手を伸ばす。
記憶にあるより幾らか逞しさが増しているが、温もりは変わっていなかった。
(次頁は後書)
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