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13


書いた手紙に封をしてから、ふと気が付いた。


「あれ?最後だった?」


その独り言に傍にいたミニリュウは「うん」と言いたげに首を縦に振った。
どうも封筒に貼るシールを今ので使い切ってしまったみたいで。
うーん…と考え込んだ後、お気に入りのパーカーを羽織って、カバンに手紙を入れて出かける準備をして階段を下りた。


「ナナミお姉ちゃ…あ」

「あら、サツキちゃん。ちょうど良かった、声かけようと思っていたのよ」


私の声に振り向いたナナミお姉ちゃんは薄手のカーディガンを羽織ったおしゃれスタイル。
手にはポーチと日傘、どうやら同じ目的みたいで嬉しくなって顔が緩んだ。


「トキワまでだけど、どうかしら?」

「行く!」


まさに即答な私に思わずナナミお姉ちゃんもふんわりと笑った。
そのまま玄関のカギをしめて、庭先で掃除していたレッドのお母さんに行ってきます!と挨拶をして、優雅に日傘を差したナナミお姉ちゃんと手を繋いで1番道路をのんびりと歩く。
草むらに入れば野生のポケモンは出てくるけれど、逆に言えば草むらに入らなければ出てこないので整備された道を歩く。
時折ガサガサ音がする草むらにミニリュウが興味を示すけど、いつもダメと言ってるからか草むらに入っていく事は無い。うん、いい子。


「ふふふ。きっと早くバトルしたいのね」

「うん、ごめんねミニリュウ。もう少し、待ってね」


音のしなくなった草むらに興味がなくなったのか、すり寄ってきたミニリュウの頭を撫でる。
そしてぼんやりと思いだすのはこの間の病院での出来事。








―――――――――

――――――

―――






「え?旅に出たいだって?」


いつもの検査を終えて、その数値に目を通していた先生にそう言えば、すっごくすっごく怪訝な顔を向けられた。
ずっとずっとお世話になっているこの先生は基本的にニコニコした顔を崩さない。
なのにその表情が崩れるなんて、やっぱり無理なのかな…と気持ちがしょぼくれて俯いてしまう。


「ああ、サツキちゃん。顔上げて、別に今すぐにというわけじゃないだろう?」

「うん…10歳になったら…ジョウトに行きたいなぁって…」


ジョウト。
その言葉を聞いて、先生はほんの一瞬考え込んだ後、席を立って診察室の外で待っていたナナミお姉ちゃんに声をかけていた。
ナナミお姉ちゃんは時間より早い呼び出し(ましてや先生直々)にちょっと慌てたようだけど、勧められた椅子に腰を下ろした。


「あー…つい先ほど、サツキちゃんに旅に出たい、それもジョウトにと言われましてね」

「あら、サツキちゃんそんなこと言ったの?」

「…うん」

「いや、咎めるわけじゃないんですよ。身近にあんな二人がいればそう思うのは自然な事ですから。ただ彼女の場合は体の事がありますからね」


体の事、なんてそんなの私自身がよく判っている。
「前」もちょっと運動するだけで保健室通り越して病院に行かないといけない程の弱さ。
「今」もマシとは言え、人並に運動することが出来ないという(認めたくないけど)自信はある。
それにしょっちゅう体調を崩すという事は、その分ご飯も食べられないから…その、前も今も私は「標準」から離れた体格をしている。


「…だめ、かなぁ…」


自然と零れた言葉。
諦めちゃダメ、と思っても現実っていう壁が立ちはだかる。
けれど壁は思わぬ言葉で亀裂が入った。


「まだ2年有るよ、サツキちゃん。後、先生の言葉は最後まで聞いてほしいな」


再び俯いていた顔を上げれば、先生はいつものニコニコした顔に戻っていた。


「最近は発作も少ないようだからね、どうだい?体力をつける意味で少し家の外を歩いてみないかい?」

「え?」

「先生、それはどういう…」


先生の唐突な提案に首を傾げたのはナナミお姉ちゃんも同じだったようで、困ったように先生に尋ねる。
先生は手にしていたカルテを机に置くと、体ごとこちらに向けて話し始めた。

「いやあ医者の立場からすれば、“何をバカなことを言ってるんだ、君は自分の体の事を判っているのかい?”と言うべきかもしれないんですがね。生憎、僕も医者の前に一人のポケモントレーナーなんですよ。リーグ挑戦までは行けなかったけれど、このカントーをパートナーたちと一緒に旅をしました。その中では怪我をしたり、嫌な事、旅をやめたいと思ったことだってありました。でもね、それ以上に色んな人やポケモンたちとの出会いが嬉しいんですよ。旅に出るからこそ、いろんな場所でいろんな人に出会い、いろんな考えに触れる。…こんな事、住んでる場所から離れなきゃ出来ない事だと僕は思ってます」

「…」

「だからね、サツキちゃん。僕は医者だから、今君のお願いに“判ったいいよ”とは言えない。でも君が旅に出られる年齢になったら“いいよ、行ってらっしゃい”と言えるかもしれない。まだ2年有るんだ。その間にゆっくりでいいから体力をつけよう?家の周りを15分散歩することからでもいいから。…あー…難しかったかな?」

「ううん。大丈夫…」


ふるふると首を横に振る。
なんていうか入った亀裂から壁が崩れて、ほんの少し向こう側が見えた気分だった。


「ポケモントレーナーって、凄いんだね」


私の言葉に先生は笑みを深め、ナナミお姉ちゃんは黙って私の頭を撫でてくれた。
その後、先生とナナミお姉ちゃんは今後の予定の話し合いになって私は一足先に待合室に戻された。

そして帰り道。ナナミお姉ちゃんが告げたのは


「トキワにお買い物に行くときは声をかけるわね」


という嬉しい言葉だった。

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