あなたの魔法にとらわれて
「真斗くんの手は『魔法の手』ですね」
気づけばそう口にしていて、真斗は春歌を不思議そうに見た。
「魔法など使えないが?」
何の脈絡もなく出た話題だ。何を指して春歌がそう言ったのか検討つかず、真斗は首を傾げるばかり。
春歌はくすっと笑って、思い出したんです、と言った。
「早乙女学園に入った日の自己紹介で、真斗くんはピアノを弾いてくださったでしょう?わたし、あの時、『魔法の手』だって思ったんです」
教室の空気が変わったあの瞬間、長くしなやかな指が世界を創造しているのだと気づいた。
『魔法の手』が紡ぎだす旋律に、春歌の心は確かに大きく震えたのだ。
「それだけじゃない。真斗くんと手を繋いだり、頭を撫でてくれるとき、すごくあたたかな気持ちになるんです。落ち込んでいたときでも、必ず」
人の心を一瞬にして捉えて、放さない。気持ちすらも穏やかにさせる。
春歌は真斗の手をとり、嬉しそうに触った。
束の間、真斗の指が春歌の指に絡まる。
「それならばハル、お前の手だって『魔法の手』だ」
ぎゅっと強く握り、白く小さな手を見つめた。
「俺はお前のピアノを聴くと心休まるし、こうして手を繋ぐのも好きだ」
お前の手は俺に魔法をかけている、と真斗は微笑んだ。
「きっと、この魔法が解ける日はこないのだろうな」
「そうですね」
あなたの魔法にとらわれていたい、と
二人の願いは、ずっと変わらない。
2011/08/26