もうさよならの時間




もう、さよならの時間



日はすでに傾いてしまっていた。
学校に残っているのは部活動があった生徒と自分くらいだろう、と翼は窓の外を見た。

「こら、よそ見しないの」

悠里は持っていた教科書で軽く翼の頭を叩いた。

「しかしだな担任。そろそろ集中力がきれてもおかしくないだろう」
「そうねぇ……じゃあこの問題を解いたら今日は終わりにしましょうか」



もう、さよならの時間



すっかり暗くなってしまった。
教室の中と外での温度差を表すかのように窓はくもってしまっている。

「あら、雪ね」

はらはらと舞い降りる白い雪。
この調子で降れば明朝は積もっているだろうか。
少し楽しみに思えて、悠里はくすりと笑った。

「本格的に降ったら大変だから、今日はこの辺にしましょうか」
「……もう終わるのか?」
「え?」

翼の声に少し寂しさが含まれている気がして、悠里は視線を翼にやった。

「まだノルマを終えていない」
「でも翼君はバイクなんだし、危ないでしょう?」
「……………」

まだ納得はしていないようだが、翼はしぶしぶ頷いた。
少し前まではあんなに早く帰りたがっていたのに、翼のちょっとした変化が悠里は嬉しかった。



もう、さよならの時間



「俺は、真壁を継ぐ」

翼の声に迷いはなかった。
悠里はそのことが誇らしく、でもどこか淋しいと思っている自分に驚いた。

「今俺がこうしていられるのは、先生のおかげだ」

翼は手を差し出した。
悠里はそれを握る。
二人の初めての握手。

「ありがとう、先生」

これほど嬉しいことはない。
彼の素直な言葉が胸に染み入る。
感極まって零れそうになる涙をこらえて、悠里は微笑んだ。
それを見た翼は手に力を込め、悠里を引き寄せる。

「I love you……」

それはとてもとても小さな声。
悠里の耳に届いたかどうかすらわからない。
再度抱き締めた腕に力を込め、名残惜しそうに離れた。

「じゃあな」

また時々会いに来る、と言い残して、翼は悠里に背を向けた。

「卒業おめでとう、翼君」

彼女の目からは堪えきれなくなった涙が零れた。



もう、さよならの時間







2008/04/10
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