観覧車の魔力



ジェットコースターにお化け屋敷、コーヒーカップや華やかなパレード。
どれもこれもが魅力的で、いい歳した大人でさえも童心を呼び起こされる。
悠里も例外ではなく、笑いに満ちたこの場所に立っているだけでウキウキしていた。

「オラ、ブチャ!何ボサッとしてンだよ!次行くゾ!」
「あ、ごめんなさい」

まったくトロくせえンだよ、と言いながら清春は悠里の手をとった。

「迷子になンじゃねェぞ?」
「な、ならないわよ!」
「キシシッ、どーだかネェ?」

憎まれ口を叩きあいながらも、お互いの手の温もりが心を穏やかにする。
息抜きと称して無理矢理つれてこられたが、先生と生徒なんて立場は今日くらい忘れてもいいかもしれない。
悠里の頬は弛みっぱなしだ。



しかしそれが凍りつくのも時間の問題だった。
とあるアトラクションの前につくと、悠里の足は完全に止まった。
少しひきつった顔で斜め上を見上げる。
案の定清春はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

「乗るだロ?観覧車」

悠里は躊躇った。
もちろん観覧車が嫌いというわけではない。
綺麗な景色を観れることを考えると、むしろ大好きなアトラクションだ。
しかし今問題なのは観覧車そのものではない。
密室に二人きりという否が応にも緊張し、さらに悪戯されたら避けることができない状態で何十分も耐えなければならないということが問題なのだ。
美男子と二人きりというおいしいシチュエーションも、今の悠里にしてみれば悪魔と二人きりの危険な状況にしか思えない。
しかし嫌な予感を抱えながらも、清春に弱気なところを見せるわけにはいかない。

「の、るわよ!」

詰まりながらのその答えを聞いた清春が一層笑みを深めたのを見て、悠里は早くも後悔した。





(あ、れ……?)

警戒しつつ乗ったはいいものの、清春が何かを仕掛けてくる様子はない。
正直言って拍子抜けだ。

(これはこれで……気まずい!)

思えば清春とは悪戯や補習抜きで話すことなどほとんどない。
この二人きりの間をどうやって埋めればいいのか。
緊張で頭が働かない悠里は清春をチラリと見た。
せめて彼が何かきっかけをくれれば……

「……え」

清春は景色にまったく目もくれず、悠里をじっと見つめていた。
悠里の心臓が跳ねる。
慌てて外に視線を戻し、胸を押さえた。
明らかに意識しているその様に清春はフッと笑い、悠里の頬に手を添えた。
悠里のそこは赤く染まる。

「ナァニ緊張してンだよ?」
「な、別に緊張なんて!」
「嘘つけェ。こんな真っ赤になっちまってヨォ」
「それは清春君が……!」
「アァ?オレ様がどうしたってェ?」
「……………っ!」

その綺麗な顔で見つめられて、さらに頬を触られているからときめいています、なんて。

(言えない!絶対言えない!)

もちろん清春にはすぐ顔に出る悠里の考えなどお見通しなのだが、悠里はそれに気づくほど冷静ではなかった。

「クシシッ!単純だナァ、女教師チャンはァ」

そう言って清春は悠里の頬を撫で、顔を寄せた。
ゆっくりと近づく清春の顔、そして彼の熱い瞳から何かを予感する。
それが口づけの予感だとはとっくに気づいているのに拒絶できない。
この雰囲気のせいか、場所のせいか、おそらく両方。
この時の悠里の頭に教師と生徒なんて概念はまったくなくて、戸惑いながらもぎゅっと目を閉じた。



「……ヴァーカ!なにブチャイクな顔してんだブチャのくせに!」

どこか期待していた柔らかな感触はなく、逆に降ってきたのはそんな言葉。
言っている意味はよくわからなかったが、おかげで正気に戻った。

(私ったらなんてこと!)

清春が本気じゃなくてよかったという気持ちと残念だという気持ちが悠里の心の中を駆け巡る。
だから清春が耳まで真っ赤になっていることに気づかなかった。



観覧車の魔力、おそるべし



お互いがそう思ったことなど、もちろん知るよしもない。







―――――
まさか先生が目を閉じるとは思わなくて逆にドキドキしちゃった清春。
20100番キリリクで小雪様に捧げます!


2008/03/29
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