さよならアイデンティティ



「おい、ちょっと来いよ」

低い声音にびくりとしたものの、悠里は清春に近づく。
彼はいたって無表情。いつもは笑みを浮かべている分、それが何よりも恐い。
そして彼が怒っている理由もなんとなくは気づいていた。

清春はゆっくりと歩く悠里がじれったく、腕をひいて急かした。
バランスを崩した悠里の顔は、清春の目の前でとまった。
頬を染める悠里を可愛いといつもなら思うのだが、今は憎くて仕方ない。

「オマエはオレ様のオモチャだロォが。他の男に色目つかってンじゃねェよ!」
「い、色目なんて……!」
「ッルセェ!」

言い訳すら聞こうともせず、清春は悠里の首筋に噛みついた。

「っ!?」

くっきりと残った歯形から、じわりと滲む赤い血。
それを舌全体で舐めとる。
その行為を悠里が見ることはできないが、ぞくりと感じる不思議な快楽。
そんな悠里の反応が気に入ったのか、清春は口の端をあげた。

「オマエはオレ様のモンだ。オレ様のことだけ考えてりゃいいンだよ」

それは小悪魔の囁き。



さよならアイデンティティ



私はただもう彼だけのオモチャ







2007/11/12
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