かわいいかわいい



その時のアイツの笑顔といったら、それはもうとびきり可愛くて。
なのにそれはオレに対するものじゃない。





今日も今日とて花柳館。
別に暇というわけではない。
日本を変えるため、やらなければならないことなど山ほどあるのだ。
それでも陸奥は花柳館に足を運ぶ。

(別に……ただなんとなく、だ)

自分に言い聞かせるかのように、陸奥は心の中で繰り返した。


気づけばもう目の前に戸があって、自然と心がはやる。

「ハロー……お?」

いつものように大声で挨拶。
そしてまず目に入ったのは倫の笑顔。思わず見惚れてしまった。

(べ、別に!倫が可愛いとか、思ったわけじゃねぇからな!そんなんじゃねぇんだ!)

誰に言い訳しているのかもわからず、陸奥はただただ顔を赤くした。
なんだか耐えられなくなって、倫から目を逸らす。
すると次に目に入ったのは咲彦だった。
そして不意に気づいてしまった。

(倫が笑顔を向けているのは、オレじゃなくて咲彦……)

もやもやと、ぶすぶすと、胸の奥で何かが蠢き、そして焦げていく。
ここ久しく感じていなかったソレ。
いや、感じていないフリをしていただけで、常日頃陸奥の心を支配しているソレ。

「……くそっ!」

軽く舌を打ち、陸奥はドカドカと二人に近づいた。

「おい倫!」
「あ、陸奥さん。こんにちは……って、ちょっ!?」
「きやがれ!」

倫の腕を掴み、強引に連れ出す陸奥。
驚きはしたものの、ふっと目を細めて、咲彦は道場から出ていく二人を見守った。

「陽之助さんもカワイイとこあるんじゃん」





自分の部屋につれてこられた倫は悩んでいた。
目の前には座って顔を俯かせている陸奥の姿。
彼が纏っている空気には明らかに怒りがまじっている。

(……私、何かしたかな?)

倫は必死に記憶を探った。
昨日別れた時の陸奥は怒っているようには見えなかった。
だとしたら今日なのだろうが、陸奥に気づいた時にはすでに腕を掴まれていて、それ以前は咲彦と話をしていただけ。
この情報から導きだせる答えはひとつ。

「もしかして、咲彦くんと話していたことに怒ってるんですか?」
「なっ!ちがっ!」
「違いましたか。すみません」
「わー!違わねぇ!違わねぇけど!……なんだよ倫。いつになく鋭いじゃねぇか」

一発で怒りの原因を言い当てられた陸奥は呆気にとられ、纏う空気はいつものものに戻っていた。
それを感じて倫は微笑む。

「嫉妬、してくれたんですね」
「あ〜、いや。まぁ……」

嬉しそうな倫と目を合わせるのが照れ臭く、陸奥は外方を向いた。
耳まで真っ赤になっている。

(可愛いかも……)

そう思った倫の手は、無意識に陸奥の頭を撫でていた。

「……何してんだよ」
「え?あ、すみません。陸奥さんが可愛かったもので、つい」
「……………」

怒ったというより拗ねた感じがして、倫は苦笑した。
さて、どうやって機嫌をなおしてもらおうか。そう考えていると、急に腕をひかれた。

「可愛いのはオマエだっての」

耳元で聞こえる陸奥の照れた声。

「あんま他のヤローに笑ってんなよ」

オマエの可愛いトコ見んのはオレだけで十分なんだからな。

初めて囁かれる甘い言葉。
初めて感じる陸奥のぬくもり。
それらを体中に染み込ませ、倫は目を閉じた。



結局どちらも可愛いのだ







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8700番キリリクでかなで様に捧げます。


2007/11/06
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