尊敬に値する



新選組の屯所の前に、一つの影があった。
じっと中を睨み付け、その場にたたずんでいた。
その日ばかりは見張りの隊士もただ見守るだけ。(その隊士も心の中は彼と同じだったのかもしれない)

彼―陸奥陽之助は一度目を閉じ、拳を震わせた。
中から子どもたちの泣く声が聞こえる。
それをもって“彼”の死を陸奥に報せた。


「陽之助……」

屯所から出てくる人には見覚えがありすぎた。
陸奥が心の底から尊敬している才谷梅太郎。
悲しい気持ちを隠しはしないが、それでも才谷は淡く笑んでいた。

「介錯を必要とせず、見事な切腹やったそうじゃ」

そう言って才谷は、ぽんぽんと陸奥の頭を撫でた。
堪えていたモノが、一気にかけめぐる。
それでも堪えて、たった一筋のソレを流すだけにとどめた。





「倫さん」

花柳館に現れたのは、才谷一人だった。
いつも一緒についてくるあの人はいない。

「こがぁなこと、おまんに頼んでええもんかわからんのじゃが、聞いてくれんかの」

珍しく歯切れの悪い才谷に、倫はよほどのことでないかぎり聞いてあげようと思った。

「なんでしょう?」
「……陽之助のことなんじゃが、あの人が亡くのうてから、いつもどおりにしとるようじゃが、どうも元気がのうての。慰めてやってくれんかのぅ」
「陸奥さんが……ですか」

“彼”の切腹から数日経っており、その間倫も何度か陸奥に会ったが、普段と変わらずな態度だった。
もし才谷の言うことが本当なら、倫にそのことを悟らせないあたり、陸奥は本当に意地をはる人なんだと思った。





「山南はマジですごいヤツだったのかもな」

そう呟く陸奥を痛々しく感じた。
陸奥の悲しみが、持たされた書物を通して伝わってくるような気さえした。

(“さん”をつけてはいないけど、陸奥さんは山南さんのこと……)
「本当に認めていたんですね」

倫の言葉に陸奥は目を見開き、しかしすぐにはぐらかした。
屯所にいたことを知っていると伝えると今度こそ慌てていたが、それでもすぐに元の陸奥に戻る。
この往来で陸奥の気持ちをあらわにさせるのは難しいのかもしれない。
そう思った倫は、宿に行くまでは彼にあわせることにした。


再び歩き始めると、しばらくして陸奥の呟きが聞こえた。



ヤツは尊敬に値する人物だった。



才谷の頼みであるなしに関わらず、倫は心から陸奥を支えたいと思った。







2007/10/22
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