酒の肴
今日は志月さんが御陵衛士の屯所に来ている。
だからなのか、皆どこか浮かれていて。
彼女はけっこう人気があるみたいで、どうにかして気をひこうとしている人たちがたくさんいる。
でもなかなかうまくいかないらしく(どうやら志月さんは高嶺の花、というやつらしい)、親しくしている僕なんかは、わずかな優越感に浸ることもしばしば。
それでも兄や富山君たちとは志月さんも親しくしており、特に富山君にはよく彼女の方から話し掛けたりしている。
ほら、今もぼーっとしている彼に笑顔で。
母性本能をくすぐられるのだろうか。それとも……
チリッと胸の奥で何かが焦げた。
「……さん、三樹さん?」
気づくと、志月さんが僕の顔の前に手をひらひらさせていた。
どうやら僕もぼーっとしていたらしい。
あぁなんて可愛らしいんだろう。
この可愛らしさには誰であろうと適わない。
不思議そうに僕を見るその一対の瞳は柔らかな光を湛えいて、なんと美しいこと!
「あの……?」
心配そうな声音は僕の耳に甘美に響く。
今、君の頭は僕のことで満ちているのだろうか。
そうだとしたら……
「なんて素晴らしいんだ」
「は?」
「そう。君はまるで花のよう。君という存在が一面に咲いて、僕の心を支配する」
「もしかして……三樹さん、酔ってます?」
「ああ、そうだね。酔っているのかな、君の香に……」
「……………」
志月さん、何でそんな呆れた目で僕を見るんだい?
ああでも、その表情も……かわい…らし…い……
酔い潰れて寝てしまった三樹さんを目の前に、私はため息を吐いた。
「私をおこうさんと間違えないでください……」
勘違いしちゃうじゃないですか。
「三樹さん潰れちゃったの?」
「あ、藤堂さん……」
苦笑しながらも、藤堂さんは三樹さんに掛布をかけてあげる。
「あれ、肴に全然手つけてないじゃん」
見ると、確かに減っているのはお酒だけ。
(酒の肴は彼女への想い、か)
何を思ったのか、藤堂さんは微かに笑っていた。
(ちょっとしたすれ違いなんだけどなぁ)
2008/01/03