いま僕はしあわせになりたい
誰かが「幸せになりたい」と言った。
誰かは「幸せになってほしい」と言った。
「“幸せ”って何なんでしょう」
倫ちゃんは首を傾げた。
そんなの簡単だよ、と俺は笑った。
「簡単、ですか?」
「ああ!仕えるべき主を見つけて、この命を捧げることさ!」
当然のように胸を張った。
自信があった。
倫ちゃんは苦笑した。
「野村さんは、そうなんですね。でも私にとってもそれが“幸せ”でしょうか」
「あ、そっか。人それぞれってこと?」
「はい。だから何が“幸せ”かなんて本当は決めることはできないんですよね。聞いといてなんですけど」
「それもそうだね。へぇ、難しいな」
俺の中の常識が覆された。
先の二人は同じく“幸せ”を語るのに、同じ意味とは限らない、と倫ちゃんは言った。
例えば俺が「主のために命をかけたい」と言っても、他の人からは「長く平穏に生きてほしい」と言われるということで、まったくもって余計なお世話だと思った。
「倫ちゃんにとっての“幸せ”は?」
なんとなく会話の流れから気になったから尋ねた。
倫ちゃんは少し考えて答えた。
「私の大好きな人が、私の側にいてくれること、でしょうか」
両手をあげて賛成、というわけではないけれど、なるほどそれも“幸せ”のひとつだなと思った。
とても懐かしい一場面。
結局俺は、倫ちゃんの言う意味で幸せになれるといいね、と無責任に返した気がする。
ずっと記憶の奥底に眠っていた何気ない会話。
ふと思い出したのは、きっと、今、
君の言う“幸せ”になりたい、と
血に染まる着物を見ながら、うすれゆく意識の中で、そう思ったから。
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≫確かに恋だった
2010/07/13