馬の耳に念仏
サラサラと静かに流れる水の音が、熱した空気を忘れさせてくれる。
川のせせらぎとはなかなか偉大だ、と倫は思った。
お使いの最中でなければゆっくり涼むのもいいかもしれない、と考えると少し残念だ。
今は野村、相馬と共におこうに頼まれた用事を済ませたところで、寄り道をせずさっさと帰ろうと話したところだった。
「うっひょー、つめてー!」
「……え?」
後ろから聞こえた水音と声はなんだろう。
相馬と倫が同時に振り返ると、川の中に足を突っ込んで、バシャバシャとはしゃぐ野村の姿があった。
「野村……」
相馬はあからさまにため息をつき、倫は苦笑い。
そんなことおかまいなしな野村はいかにも楽しそうに水で遊ぶ。
そのあまりの微笑ましさにしばらく見ていようと決めた倫にならってか、相馬も文句を言おうとはせずに見守ることに徹しようとした。
しかしそれは許されない。
野村は相馬の腕をガシッと掴み、ニカッと笑った。
「相馬!お前も入れよ!」
「こ、こら野村!」
予想外の出来事に対処しきれず、相馬の足がもつれ、野村ともども頭から水を被ってしまった。
「あはははははっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……この馬鹿のおかげでずぶ濡れだが、それ以外は無事だ」
「手拭いかなにか持ってきましょうか」
「平気平気!こんな天気だし、歩いてりゃ乾くさ」
カラカラと笑う野村に何も言えなくなった倫は、せめてと思い、自分の手拭いを取り出して野村の髪を拭いた。
野村は気持ち良さそうに笑い、それを真正面で見た倫は頬を赤く染める。
(……俺はほったらかしか?)
未だに川の中で手をついている相馬はそう思ったとか。
「ね、倫ちゃん。散歩いかない?」
野村の誘いを受け、倫は外に出た。
蒸された空気が肌にまとわりついて気持ちが悪い。
そんな中でも野村は楽しそうに、どこまで歩こうかを考えている。
彼を見ていると暑さなど忘れてしまえる自分がいた。
野村が行くまま倫もついていく。
見慣れた道。
特に面白いものがあるわけではないのに、野村が隣にいるというだけで楽しくて、頬が弛むのを止められない。
気づくと二人は川辺を歩いていた。
涼やかな水音が昨日のことを思い出させる。
そこで倫はハッとして野村を見た。
ニカッと笑うそれに既視感。
野村は袴が濡れないようにして、水の中へ入っていく。
「うーん、暑い日にコレってやっぱ最高だよな!倫ちゃんも来なよ!」
手を振ってくる様子にどうしようか悩んでいると、軽く腕をひかれた。
油断していた倫は簡単に倒れこむ。
「きゃっ」
次の瞬間、野村は川底に尻をついており、倫は野村の腕の中。
「な、気持ちいいだろ」
「……わかりません」
自分の状態を認識した倫の体は火照り、足にあたる水の冷たさなど少しも感じない。
「もう、またこんなになっちゃって。風邪をひいたらどうするんですか」
まさか昨日の今日でこんなにずぶ濡れになるとは思っていなかったので、小さな手拭いしか持っていないというのに。
呆れた風な倫のため息など気にもせず、野村は笑って倫を抱き締めた。
「そしたら倫ちゃんが看病してくれるだろ?」
耳元でそう囁かれては断れるはずがなく、もともとそうするつもりであったので、倫は耳を赤くしながらも小さく頷いた。
どうせ何度注意しても、こうして言いくるめられてしまうのだと思いながら。
馬耳東風とはこのことか
そんなところも好きなのだけど。
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24500番キリリクで莉千様に捧げます!
2008/07/04