菜の花や



おこうの使いでの帰り道。
少し遠回りになるというのに自然と河原の方に足が向いた。
それはどこか期待してしまっているからだろうか。
花柳館を出ていってしまった彼と、よく一緒に歩いたこの道ならば偶然逢えたりするのではないかと。
そう回りくどいことせずとも、会いたいなら会いに行けばよいのだが。


「あれ、倫ちゃん?」
「あ……」

その軽やかな声は間違いなく、今思いを馳せていた彼のもの。

「なんか、久しぶりだね。元気だった?」
「はい。野村さんも……お元気そうでなによりです」

こみあげてくる涙を堪えて笑顔を浮かべる。
多少ぎこちなかったのだろうか、野村は苦笑を浮かべている。

「野村さん……?」
「ん?あー、なんかさ。久しぶりすぎて柄にもなく緊張してんだよね」

何話したらいいかとか全然わかんないんだ、と野村は頭をかきむしった。

「倫ちゃんに逢えたらいいなーとか思ってここに来たのにさ。いざ逢っちゃうとどうしたらいいかわかんないんだ」

情けないなと笑う野村の姿に倫の胸はきゅうっと音が鳴る。
自分と同じ思いだったのが嬉しかった。

だがせっかく逢えたのにもう夕方で。
このまま別れるのは淋しすぎると思った倫は、思わず野村の着物の袖を掴んでいた。

「倫ちゃん?」
「あ、あの……よかったらご飯食べていきませんか?」
「え、そんな急にいいの?」
「大丈夫です!おこうさんたちもきっと喜びますよ」
「そうだね。じゃあ久しぶりに行っちゃおうかな。皆の顔も見たいし」

帰ったら相馬に自慢してやろう、と野村は笑う。
倫も心の底から笑みを浮かべ、野村の隣を歩き出した。

「そういやさ、倫ちゃん知ってる?ここ少し行った所にすごくいい場所があるんだ」
「いい場所?」
「そ。ちょっと行ってみない?」

具体的なことは何も言わず、野村は先へと歩きだす。
不思議そうな顔をしてついていく倫は、なんだか逢い引きみたいだ、と内心ドキドキしていた。



野村に連れられ辿り着いた場所は、一面黄色の菜の花畑。
倫は思わず息を止めて、しかしすぐにほうっと溜め息をついた。

「凄い、ですね。とても綺麗……」

うっとりした倫の視線が菜の花に注がれる。
普段ではあまり見ることのできない倫の表情に、野村の心臓は高鳴った。
「倫ちゃんの方が綺麗だよ」なんてさすがに言えない、と頬を真っ赤にしながら視線を菜の花に戻した。


二人は並んでじっと目の前に広がる風景を眺める。
菜の花の黄に夕陽による赤みが差し、穏やかで且つ切なさすらも感じられる。
胸がぎゅっと締め付けられるような圧迫感と、ふわっとした解放感が同時に押し寄せてくるような、とても不思議な感覚に陥っていた。
風に揺らぐ菜の花が、その二つの感覚をも揺らしていた。

「あ……」

ふと倫が東の空を見上げると、菜の花の上に白い月が姿を現していた。

西から東までに渡る菜の花畑に、同時に空に浮かぶ太陽と月。
それを大切な存在である野村と眺めている。
なんて贅沢なのだろう、と倫はこの時間をしっかりと胸に刻み込んだ。



月は東に日は西に



(ね、倫ちゃん。この菜の花少しいただいちゃってさ、おひたしにしたらどうかな?)
(ふふ、いいですね)







―――――
「菜の花や 月は東に日は西に」与謝蕪村
20900番キリリクできぃ様に捧げます!


2008/04/18
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -