最高の調味料
歩き慣れた土手道を、いつもと少し違う状態で歩く。
隣に倫がいるのは喜ばしいことにいつも通り。
違うのは野村の手が重みを感じていること。
「晴れてよかったですね」
倫がにっこりと笑う。
その笑顔が眩しくて、野村は目を細めた。
「相馬の占いが外れるわけないって、倫ちゃんの方がよく知ってるだろ?」
「そうですけど……やっぱり心配でしたから」
せっかく野村さんと二人で出掛けるのだから、いつもより気になったんです、と照れくさそうに笑う倫に、野村の頬も赤く染まる。
自分との約束を楽しみにしてくれていたという事実が嬉しかった。
『明日、花見に行かない?』
突然の誘いにも関わらず、笑顔で頷いてくれた倫。
それだけでも嬉しかったのに彼女自ら弁当を作るとまで言ってくれて、楽しみが倍になった。
待ち遠しくて待ち遠しくて、相馬に何度も天気を占わせて呆れられたりもして。
二人してソワソワ。
だから今日が快晴で、本当に嬉しかったのだ。
きっと桜も見頃で、美味しいご飯が待っていると思うと、自然と心がはやる。
でも事前のこの高揚感ももっと味わっていたくて、いつもよりゆっくり歩く。
着いたそこに人は一人もおらず、ただ一本の桜の木が存在しているだけだった。
しかしその桜はどこのよりも見事に咲き誇っている。
「綺麗……」
「だろ?」
ここらを散策しているときに偶然見つけたんだ、と野村は桜のもとに駆け寄った。
「倫ちゃん、早く早くー!」
子どものように無邪気な彼に一層頬を弛ませ、倫も走る。
追い付いたときには野村はすでに弁当に手をかけていた。
色鮮やかなそれは食欲をそそる。
「うわ、うまそー!」
その笑顔を見れただけで、朝早く起きて作った甲斐があったと思える。
満開の桜と不定期に舞う花びらを眺めながら、美味しい料理に舌鼓。
「幸せだなぁ」
野村は心の底からそう思った。
「って夢を見たんだ」
風も穏やかなこの日は屋上でお昼にしよう、と言い出したのは野村だった。
相馬は委員会、咲彦は庵に呼び出されて遅くなるらしく、野村と倫の二人で昼食をとっている。
ちなみにとある経緯から野村の弁当は倫が作ることになったので、二人のおかずはお揃いだ。
「へぇ。なんかリアルな夢ですね」
「だっろー?でも何でまた幕末だったんだろう?」
「昨日の日本史で少し話が出たからじゃないですか?」
「あ、なるほどね!」
担当教師が庵だからなのか、野村は社会だけはきちんと授業をきいていた。
だから頭に残っていたのかもしれない。
「うーん。夢の中での味はさすがに覚えてないけどさ、今日の弁当も旨いよ!」
「ふふ、ありがとうございます」
甘めに仕上げた卵焼きを頬張りながら、野村は次のおかずに箸をのばす。
そんなに急いで食べなくても、と倫は思うのだが、夢中に食べる様子が可愛らしくて、ついつい許してしまうのだ。
彼の笑顔は最高の調味料
きっと夢の中の自分もそう思っていただろう。
―――――
せっかくだから幕末と学園を合体!
20200番キリリクでカナコ様に捧げます!
2008/04/04