名前を呼んだら
「陸奥さん!」
(いや、それが嫌ってわけじゃねーんだが)
いつものように花柳館の道場に入ると、倫が陸奥の名を呼んだ。
その笑顔は大変可愛らしく、陸奥も思わずドキリと鼓動が乱れる。
しかしすぐにしかめっ面を見せた。
「陽之助」
「は?」
「だから、陽之助って呼べよ」
オレはおまえのこと倫って呼び捨ててんのに、よく考えりゃ不自然だろうが。
そう言って陸奥は自分は正しいというように、うんうんと頷く。
せっかく笑顔で迎えたというのに、しかめっ面で返されると思っていなかった倫は、不満そうに首を傾げた。
「別に不自然ではないと思いますが」
「だー、いいから!陽之助!ほれ、リピート!」
「り、りぴ……?」
「繰り返せってことだ!」
陸奥の目は真剣で、倫は話をそらせそうにないと悟り、そらせてはいけないと思った。
「よ、陽之助……さん」
「よし!」
多少の違和感を感じるものの、満足そうな陸奥を見ると、そんなもの一瞬に吹っ飛んだ。
なんだか倫も嬉しくなって、再度その名を口にする。
「陽之助さん」
「なんだ、倫」
お互いの嬉しいがあふれてくる。
ただ名前を呼んだだけ
それだけのことでこんなにも幸せになれるなんて知らなかった。
2007/10/09