介入開始します



カラン、と音をたてて竹刀が落ちた。

「はい、陽之助の負け」
「くそっ!」

円は口の端だけで笑う。
竹刀の先は少しのブレもなく陸奥の喉元に突きつけられている。
これが真剣勝負であったなら、陸奥は今頃間違いなくあの世の住人だ。
冷たい汗がこめかみを伝った。

「……何してるの?」

不意に聞こえたその声は、二人にとってよく聞きなれたもの。

「くそっ、円も倫もバケモンだぜ」

倫の登場により緊張の糸がとけ思わずついた悪態に、円の竹刀は的確に陸奥の額を突いた。





「賭け?」
「そ。陽之助が私に勝てたらお付き合いしましょってことになったの」
「なんでまたそんな賭けを……」

倫は円の話を聞くと自然に眉をしかめた。
陸奥が円に好意を持っているのは知っていたし、円だって陸奥を憎からず思っていると倫は思う。
だが陸奥は決して褒められるような性格ではないのだ。
大事な親友の相手と考えると、とてもじゃないが歓迎はできない。
そんな倫の気持ちを察してか、円は苦笑した。

「悪い奴じゃないんだよ」

知っている。だがそれで納得できるものではない。

「大丈夫。そんな簡単に負けるつもりなんて、これっぽっちもないんだから!」

簡単にでなければ負けてもいいということか。
そう考えて倫は自分の思考が負の方向へ行っていることに気づき、頭を振った。

「それにしてもさ、陽之助って馬鹿だよね」

円は本当に面白いことを言う。
倫はついぞ陸奥を馬鹿だなどと思ったことはなかった。
世の情勢には敏感で、頭の回転は嫌と言うほど早く、正直相手しづらい。

「私ね、『私に勝てたら』としか言ってないんだ」

『剣で勝ったら』なんて一言も言ってないの、と円は可笑しそうに、だが少し残念そうに笑っていた。
剣以外のことでなら、陸奥にとて勝算は十分にある。
それこそ彼の得意分野である頭を使う勝負。
円も決して頭は悪くないけれどら陸奥には及ばない。
しかし負けが明らかな勝負など円が受けるはずもない。
いかに陸奥に有利な勝負を仕掛けるか、そこからがすでに彼の勝負なのだ。
普段の彼ならばそんなこと簡単に気づくだろうに、円のこととなるとまた別らしい。
それが円が知っていて倫の知らない、陸奥陽之助。





「んなこととっくに気づいてる」

陸奥は馬鹿にしたように笑った。
その態度にいささかムッとしたものの、倫はひとまず首を傾げた。

「わかってるなら、何故実行しないんですか?」

最善の策を考え、それを実行するのが陸奥の戦い方のはずだ。

「それが最善じゃねえからだ」

陸奥は壁に背中を預け、訓練中の円をじっと見つめた。
その瞳の想いは、深い。
彼に苦手意識を持つ倫でさえもドキリとするほどに。

「挑発かけて、俺の得意分野に持ち込むなんざ簡単にできるさ。だがそれをしてどうなる?俺の目的は確かにあいつを手に入れることだが、それ以前に俺を見直させる必要があるんだ。そのためには、あいつの得意な剣術で勝つしかないだろ」

深い、深い。
倫は不思議なものを見ていた。
自分の知らない想いを目の当たりにしている。
陸奥は本当に円のことを思っているのだ。
ならばこそ、円が彼を馬鹿だと言ったことに今なら納得できる。
ここまで彼女のことを見ているのに、何故気づかないのだろう。
これは円が与えたただのきっかけにすぎないのに。
見直すまでもなく、円とて陸奥を想っているのに。
それとも陸奥はそれさえもわかっていて、その上でこのような遠回りをしているというのか。
お互いそれぞれ己の自尊心のためになかなか素直に近づかない。
なんと面倒な二人だろう。

決して陸奥との仲を応援する気になったわけではないが、一度賭けをしてしまった以上自ら降りるなどするはずがない。
ならば自分が不本意ながらも背中を押すしかないのかもしれない。



第三者、介入します。



(だって陸奥さんが円に勝てる日がくるなんて思えない)







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37000番キリリクで桜誠様に捧げます!


2010/03/01
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