81.振り回す

「チャンピオンってトレーナーが目指す場所だと考えてたんだけど。そうじゃなくてもいいかなって最近思うんだよね」

コトネの唐突な言葉には、嫌な予感しかしなかった。それでも耳を傾けてしまうのは何故だろうか。

「ただの通過点、または軽い肩書きや資格。そんな感じでもいいかなって。あ、これ他の人には内緒ね。多分怒られるから」
「……そうだろうな」

リーグの人間の多くは、そんな安っぽい存在にするのかと怒り、そして嘆くだろう。これが現チャンピオンの発言なのかと。

「でもそうなって、簡単にリーグに挑戦してくる人が増えて、ころころチャンピオンが変わって」

チャンピオンになる前とは随分変わってしまったコイツは、そんな夢物語や妄言を。悪戯っ子のような笑みを浮かべながらも、大真面目にオレに語ることが増えた。

「きっとトレーナーもバトルも、何もかもが変わるよ」

つまり、近頃のコトネは野心的なのだ。きっと賛同してしまった奴から順に振り回され、いい様に変えられていくのだろう。
そして下らないと一蹴することを、躊躇ってしまう辺りが、コイツの本来の魅力なのだと思う。

「ソウルはどう思う?」
「……考えさせてくれ」

答えなど、殆ど決まっていたのだが。


82.撫でる

絶対に許すことのなかった行為だが、最近はコトネに限って諦めるようになった。

「頭を撫でるのは癖なのか」
「そうじゃないんだけど。ほら、ソウルの頭っていい位置にあるからね」
「……殆ど変わらないだろ」

小さいと馬鹿にされている気がして、頭上にある手を払いのける。僅かにオレの方が高いのだが、その程度の身長差では言い返されることは必然で。触るなと言うことぐらいしか出来なかった。
それが数年前のこと。

「昔はそんなことを言われたりもしたな」
「だから覚えてないってば。ああ、乱暴に撫でないで。髪が乱れる!」
「そうか。……いい気味」
「酷い! もう触らないで」
「いい高さにあるのが悪い」


83.茶化す

短くはない付き合いがあるのに、話していないことがあるというのは不自然で無礼なのかもしれない。

「……コトネ」
「怖い顔してるけど、どうかした?」

落ち着くにはジャスミンティーがいいんだよ。尋ねたくせに、コトネはそんなことを言いながらマグカップを手に取る。

「話しが、ある」
「うーん。面白い話ならいくらでも聞きたいんだけどな。それよりも」
「コトネ!」

部屋中に声が響いてようやく、自分の余裕のなさに気づく。そんなオレにコトネは、淹れたばかりのハーブティーを差し出した。

「話したくなるまで待つからね」

浮かべられた柔らかな笑みに、心が酷く安らいだのを感じた。


84.輝く

約束の時間を大幅に過ぎているというのにコトネの姿はなく、唯一の連絡手段であるポケギアは三度も掛けたのに繋がらない。
使えねェと呟きながら、ポケギアを鞄の中に押し込む。こんなことする奴じゃないと分かっているからこそ、オレの苛立ちは募っていく。そしちベンチを占拠してから十数分。

「遅くなってごめん!」

ようやく現れたかと思えば、あちらこちらに擦り傷を作り、腕の中には治療されたばかりであろうポケモンを抱きかかえている。ボロボロのその姿に、怒る気など直ぐに失せた。

「どうした」
「とりポケモン攻撃されてたエネコを助けて、それからポケモンセンターまで逃げ込んでた。ポケギアは電池切れで。ごめんね」
「エネコ?」

この辺りでは聞かないその名前を呼ぶと、コトネの腕の中の固まりが身じろぐ。それと同時に鳴った鈴の音で、コトネの考えはおおよそ把握出来た。

「遠くから来たこのエネコの飼い主を探すつもりかもしれないが、当てはあるのか」
「……やっぱりジュンサーさんに、聞くしかないのかな」
「当たり前だ」

コトネの腕の中に完全に収まる程小さなそれは、今は大人しく眠っている。しかし毛並みの良さなどから見て、普段は争いとは無縁な生活をしているはずだ。その分精神的な傷も大きいだろうに、トレーナーが見つかるまでの間とはいえ、知らない場所や人に預けてしまっていいのかーーなんて、甘いことをきっとコトネは考えている。
お節介にも程があると呆れていたのは、少し前までの話。意外と頑固なコイツは説得するよりも、意思を通させる方が楽なのだ。

「ただ、全部任すわけじゃないけどな」

交番に行った後は、クロバットに探してもらい、トレーナーとどこではぐれたのかエネコに聞き、周りの人間やポケモンから情報を集める。この程度の手伝いなら、ジュンサーたちを納得させるのは容易いはず。
そう説明すれば、コトネの表情はみるみる明るくなっていった。

「とりあえず、これ着てろ。多少は誤魔化せるだろ」
「わ、恥ずかしい」

オレの上着を羽織ることでアンバランスな服装になるが、擦りむいた手足や汚れきった服を晒すよりはよっぽどマシだろう。
再びエネコをオレの手から受け取り、コトネは意気揚々と前を歩き出す。その姿は本人が恥ずかしいと述べたように、お世辞にも綺麗とは言えないものだが。

「早く見つかるといいよね」

コトネは笑顔で振り向く。
エネコの鈴がりん、と音を立てた。


85.気にする

「香り付きのリップクリーム買ってみたんだけど、気づいた?」
「全然」
「だよねえ」
「これ投げるぞ」
「ん、ありがとう。でもこのリップクリーム、何かの味に似てると思うんだけど」

バトルではなく、ジャンケンに負けて奢らされたミックスオレを放り投げる。
面倒だからとコトネと同じものを購入したが、甘ったるいこの飲み物を飲みきれる自信はない。大人しくサイコソーダにすべきだったかと思っていると、コトネは既に口をつけたところだった。

「あ。ミックスオレの味に似てるんだ!」

手を掛けたプルタブが、間抜けな音を立てる。

「……分かって良かったな」

ありがとう。心なしか潤って見える唇がそう動く。躊躇う気持ちを振り払うよう、手にしている缶に口をつけたが、途端にむせそうになり、どうにか堪える。
ただ甘いだけの飲み物が、急に飲みづらく感じた。


86.受け入れる

「抱き着いていい?」
「ああ」
「……え?」
「何だよ」
「ねえ、あのさ。今のもう一回言って!」
「勝手にしろ、だったか?」
「そうじゃなくて!」
「そんなことはっきり覚えて……あ。……言わねぇ」


87.呼ぶ

「ソウル君」
「……」
「ソウルさん」
「……」
「ソウル先輩」
「……さっきから何だよ」
「たまには違う呼び方もいいかなあ、と思って。ねえ、ダーリン」
「気色悪い……。それと最後の呼び方だけは絶対にやめろ」


88.持て余す(コトネとヒビキ)

「さっきソウルから、コトネの居場所を知らないかって連絡が来たんだけど」
『そっか。ちなみに私は今シンオウに居るよ』
「具体的には?」
『北西の森林地帯かな』

これ以上は内緒、とコトネは続ける。いつものことだが、ヒントのあまりの曖昧さに笑ってしまう。

「あんまりソウルを困らせないようにね」
『うーん。別に毎回ソウルも迎えに来てくれなくても大丈夫なのにね、って、あ。私がチャンピオンの仕事に行かないから仕方なく、か』
「……多分そうじゃないと思うけど?」

ワタルさんからなんかはそう頼まれているだろうし、名目上は正しいのだろう。でも、チャンピオンが働かなくたってソウルが困るわけじゃない。その上こんな些細な情報でコトネを探すなんて、幼馴染の僕だって進んでやりたいとは思わない。

「心配、してくれてるんじゃない?」
『……私、愛されてるね』

本当に。そんなに心配しなくたって、コトネは強いからきっと大丈夫なのにね。
溢れ出たような、無邪気な笑い声が電話口から聞こえる。それがとても幸せそうで、楽しそうで。コトネのライバルが彼で良かったと心底思ったのだった。
もちろん、広い地方を探し回らなければならないことに同情を覚えつつも、だが。


89.焼き付ける

持ち前の社交性を発揮して、旅先で知り合いが増えていくのを目の当たりにしたのが、昨日のこと。といっても日が変わってからまだ五時間しか立っていないのだが、叩き起こした挙句、場所も告げずに手を引くコイツは元気そのものだった。

「よし。とーちゃく」

木々の間を抜けていくと、そこは港町までが一望出来る、所謂絶景スポットらしかった。日が昇り始めるこの時間に着いたのは、コトネの計算通りなのだろう。まあ、見ててよ。自信ありげに笑ったコトネは、銀色の小さな笛を口に咥えた。昨日お礼だと言って貰っていたのと多分同じものだ。
大きく息を吸って、そして躊躇うことなく全て吹き込む。体は自然と耳を劈くような大音量に備えたのだが、いつまでたっても音は鳴らない。どういう事だろう。少し息を乱すコトネの表情は変わらない。
鳴らないんじゃなくて、聞こえないのか。背後の音と同時に気づいた。

「頭下げて!」
「っ……!」

声を聞くより先に、反射的に身を屈めて正解だった。頭上を大量の何かが、凄まじいスピードで通過していく。襲いかかるつもりはないらしく、風の様に去っていった後は、元の静けさが広がった。

「……あー、びっくりした」
「分かってたんじゃないのか?」
「この笛を吹くと、キャモメたちが来るってことだけね」

先ほどの正体は、この辺りではよく見かけるキャモメの大群だった。オレたちの頭上すれすれを通過し、そして今は列を乱すことなく広い海へと飛び立っている。

「絶景でしょ?」

その言葉に答えなかったのは、呆れや怒りからではなく、答える必要がなかったから。
天候は晴天。活気づき始めようとする街と、透明がかった青に染まる海と、どちらもを繋いでしまう空。その景色の中を、あのキャモメたちは境界も何も感じることなく、飛び交う。
バトル以外で初めて、この景色を焼き付けておきたいと思った。


90.突き放す

「お前のような、弱い奴はいらない」

今まで手持ちだったポケモンと顔を合わすことなく、冷たく言い放つ。私は、ソウルのそんな姿を少し離れたところからじっと見ていた。

「あんな言い方で良かったの?」
「……オレらしいだろう?」
「悔しそうな顔しちゃって」

そう言えば、彼の表情はさらに歪む。含まれていた考えはどうあれ、ポケモンを傷つけたのだから優しくするつもりはなかったんだけど。

「大丈夫。きっと伝わってるよ」

不器用なソウルが本気で後悔し始めたのを感じて、思わずそんな言葉を掛ける。
本当や伝わるかどうかは、先にこっそり向かわせておいた私のカイリュー次第。そろそろ、ソウルと別れたポケモンと接触している頃だろう。
この捻くれた優しさが届きますように。私は心の中でエールを送った。




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