1.焦がれる

連日続く猛暑。無防備に晒された四肢は太陽に焦がされ、ゆっくりとその色を変えるのだろう。

「暑いし、アイス食べたいなあ」
「……仕方ねェな」
「きゃー、ソウル愛してる!」

白い肌が焼けてしまうのを勿体無いと感じるのも、思いがけないセリフについ顔を逸らしてしまったのも。

「奢るとは言ってないけどな」
「えー、そこをなんとか!」

日に日に芽生える感情に理解が追いつかない内は、全部夏のせいにしておきたくて。


2.追いかける

ふと立ち寄った本屋で、とある雑誌の表紙をコトネが飾っていることに気づき立ち止まった。
黒い背景の中、モンスターボールを手にし無表情でこちらを軽く睨みつけている。普段はどこにでもいるガキなのに、このコトネからは威圧感を覚えると同時に何故か引き付けられるものを感じた。
コイツは本物のチャンピオンだ。今のオレでは決して敵わない。考える前に理解して、オレは本屋を飛び出した。
確かに今のオレではコトネに太刀打ち出来ないけれど、その状況に慣れるのだけはごめんだ。だからオレはもっと強くなってみせる。そして、いつの日かアイツに追いついてやる。
オレは地面を蹴り上げた。


3.諦める

ここは街中だが、バトル用にいくつかのフィールドが用意されていた。
傍らにあるベンチに二人で腰掛けていたのだが、気がつけばコトネは人がいる方へ駆け出していた。それが何を意味するのか思い至り、仕方なくオレもその後を追う。

「ちょっと、おばさんの相手してくれないかなあ?」
「……止めろ」

隣にいるオレにも被害が及ぶだろうが。咎める声は対戦相手に集中しているせいで、きっと届いていない。
こちらこそ。コトネの言葉にそう返した少年は、笑顔でサンバイザーを掛け直す。そしてその側で鎮座するのは、確かツンベアーというポケモン。いかにも強そうなその姿を間近にして、コトネの目は分かりやすく輝いた。

「ありがとう。あ、ソウル審判やって欲しいな。もちろん公平でね」
「いるか?」
「で、ルールなんだけど。入れ替えありのシングルのフルバトル。持ち物や技やレベルの制限はなし」
「……」

どうやら自由奔放なこの元チャンピオンは、この少年にかなりご執心らしい。
苛立ちを感じつつも行動に起こさないのは、今のコトネに何を言っても無駄だと諦めているからである。多分コトネには、オレの存在を無視しているという自覚はないのだろう。

「つまり、リーグ戦と同じ条件でどうかな?」

コトネが提案すると、少年は直ぐ様頷いた。二人が浮かべる表情は、喜びと期待と興奮と。コトネと同類の人間がフルバトルをすれば、決着までどれほど掛かるのだろうか。
二人に聞こえないように溜め息をついた。

「さっさと始めるぞ」

勝手にしろと切り捨てることも出来るのだろうが、それはコトネから移ってしまったトレーナーの性というもの。

「ツンベアーを見せてもらったから、そのお返しね。私の相棒、バクフーンを最初に出してあげるから」

さあ、どうする?
分かりやすい挑発に煽られたのは、もちろん対戦相手の少年だけではなかった。


4.懐かしむ

「ソウルも昔はよく突っ掛かって可愛かったのにね」
「……お前はあんな奴がいいのかよ」
「ソウルかっわいいー!」
「……話を逸らすな」


5.望む(雰囲気シリアス)

自覚しなければならなかった。
オレも、周りも。コトネが『コトネ』であることを、舞台の真ん中に立つことを望んでしまっていた。あの小さな体に強いてしまっていた。

「……悪かった」

笑わなくていい、立派でなくていい。隣にいたオレが言うべきセリフは、そうじゃなかったのか。


6.願う

「これって、ルビー?」

渡したのは高価ではないブレスレットだったが、喜んで貰えたようだ。紅玉という和名に相応しいそれは、コトネの白い腕に映えて、輝きを増す。

「贈り物なんて珍しいね」
「……偶然買っただけだ」
「うん。でも嬉しいよ。この色好きだし、アクセサリーなんてほとんど持ってないから」

喜色満面といったコトネに、何も思わないわけじゃない。でも、簡単に口に出せないのがオレの性格で短所だった。

「ありがとう」
「……どう致しまして」

決して優しいばかりじゃないこの思いが、赤くなった手首から少しでも伝わればいいのに。


7.想う(ヒビキ君とソウル)

「本当は隣に居られないことが、もどかしくて堪らない」
「……怖いのか」
「もちろん。大切な幼馴染を目の届かないところに置き続けるのは、昔も今も不安だよ。信用してないわけじゃないけどね」
「無茶しやがるからな」
「それがコトネのいいところだって、分かっているんだけどね」

意外、というのが率直な感想。
このヒビキという幼馴染がコトネを大切にしているのは百も承知だったが、こんな苦悩の上に成り立ったものだとは思わなかったからだ。

「あまり心配してやるなよ」

アイツは無茶で無謀なこともするが、周りの反対を無理に押し切ってまでするような奴じゃない。それをどう評価するかはさて置き、人の気持ちを感じるのが得意な奴だから、言葉に出さずともコトネの行動を制限してしまう可能性がある。

「それは、大丈夫」

だから分かりやすく心配するのはタブーだ。本心で何を思っているかはそいつの自由だが。


8.見つめる

何度か対戦をしたが、オレはコトネというトレーナーのことが嫌いだった。考え方が甘いただのガキの癖に、バトルの腕は別格。何でこんな奴が、と会う度に思ったが、会わない間はなんて事ない相手、だった。
いつもなら振り向くことなく立ち去るところを、そうしなかったのがいけない。立ち止まって、そしてコイツはこんな奴だったかと今更ながら思った。
その辺りのガキと同じように頼りなさ気で、見るからに弱そうなのに。正面から見据えるオレに不思議そうな顔をするも、視線が逸らされることはなかった。

「……何でお前みたいな奴が」

その日からオレは、コトネのことが更に嫌いになった。


9.悩む

愛されることも、愛することも、甘えることも。どれも苦手な人がいたとして、どうするべきだろう。
もし尋ねたとしたら、放っておけばいいという答えが多く返ってくると思われる。私だって普段ならそう答えるから。ただ、彼はポケモンたちにあれ程愛されているのに、それに疎い節が多々あるのだ。

「どうしよっかなあ」
「どうしたの? 何か悩み事とか?」
「ううん。ただのお節介」

私の隣にいるヒビキ君は、多くの人に愛されていて、多くのものを愛している。つまりヒビキ君に尋ねれば、求めている答えが得られるかもしれない。しかし、私はそれを放棄した。
どうにかして自分が。
その感情が何か、その時の私は気づかぬままに。


10.惚れる

強いことはいいことで、素晴らしい事だと、そう思っていた時期が私にもあった。

「贅沢な悩みだな」

納得のいくバトルが出来たと思ったときに限って、対戦者の目は冷めていく。その辛さをライバルである彼に打ち明けてみるも、見事なまでに一蹴されてしまった。

「お前は勝ったんだ。堂々としてろ」

それで相手がどうなろうと、それはソイツの問題だ。
実に鬱陶しそうに語られる言葉からは、優しさは微塵も感じられない。最も慰めとして受け止める程、私も愚かではない。
贅沢な悩みと言うのも、堂々としてろという言葉も全て、彼のただの本心なのだろう。だから、届くのだ。

「……かっこいいね」

ソウルはこうやって生きてきた。そしてこれからも。一時の励ましの言葉じゃないから、宝石のように光り輝く。
その宝石を晒すことが、どれだけ凄くて強いことかなんて気づきもしないままで。




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