title by hmr





ハイドロポンプのように地面を打ち付け、ボクらの会話を不便なものにする。
まだまだ水タイプの彼らが喜ぶ季節が続くらしく、散歩していたボクらも天からの恩恵を存分に受けた。つまり、現在広い岩場での雨宿りを余儀なくされているということだ。

「うわぁ……。鞄の中までずぶ濡れ」

雨だって言ってなかったよね。ホワイトは愚痴りながら、靴下を脱ぎ、鞄から荷物を取り出す。先程まで豪雨に晒されていたせいで姿はみすぼらしく、お互い長い髪は多少拭いたくらいじゃ乾く気配すらない。
ボクも靴と帽子を脱ぎ、髪を手で梳いて、張り付いたシャツに手を掛けた。

「いいなぁ」
「ああ、気が利かなくてごめんね」

すべきことを終えたらしいホワイトは口を尖らせていたが、ほぼ水浸しのシャツにもう一度袖を通す気はなかった。雨足は一向に弱まる様子を見せず、このままだと野宿かもしれない。
あっ。何かに気づいたらしい声に、興味の対象が外の様子から声の主へと移る。

「どうしたの?」
「その、身体、の」
「……ああ」

細い指先が指し示す場所に視線を落とし、反省する。思っているよりも気が緩んでしまっていたのかもしれない。普段のボクらしくない失態だ。
見苦しいよね、ごめん。今度はきちんとシャツを手に取ろうとして、ホワイトに制された。

「見苦しくなんてないから、いい」

彼女の声が反響する。
未だにボクに怯えているのか、躊躇がちな口調で意見することが多かったので、やけにはっきりとしたその口ぶりに、素直に驚いた。

「どうして、そうなったの」

語尾は上がっていない。彼女は質問しているのではなく、明確な説明を求めているらしかった。
天候は良くなる気配を見せず、なにより、ボクを見つめる目から逃れられそうにもない。
不覚だとは思ったが、それは見ていて気持ちのいいものではないという理由で、別段隠し立てする必要があったわけではなく。
澄んだ瞳が見つめる先の、傷痕の残る上半身について、ボクはいつも通りの早口で嘘偽りなく返答する。

「今は仲のいいトモダチたちなんだけど、その前に迂闊にボクが触れたばかりにね。もう痛くないし、それにどれも彼らとの大切な思い出だ」

腕に、肩に、胸に、背中に。消えてしまっているものから、一生治りそうにないものまで、上半身に散った思い出は様々だ。
ゆえに、一度だってこの体を恥じたことはないし、一瞬たりとも傷つけたトモダチを恨んだことはない。
ボクはそう断言した。

「ねぇ、N」
「ん?」
「私の前では英雄じゃなくていいんだよ」

女性らしい優しい声。彼女の言いたい意味を理解出来ず、ボクは首を傾げた。
こう言ったほうがいいかな。深呼吸でもするかのように長く息を吐いて、そして、とても緩慢かつ自然な動作で、ボクを抱きしめた。拘束力は皆無に近く、多少身動きするだけで、簡単に振りほどけてしまうだろう。

「…背負わせてよ。私もあなたと同じ英雄なんだから」

気づいた上で、彼女の腕の中で大人しくする。髪から滴り落ちる水滴は、混ざり合ってどちらのものか分からなくなった。一語一語を噛み締めるように、彼女は告げる。

「辛いなら、それでいいから」

ボクの裸の背中を、白い手は子供をあやすように撫でる。塞がったはずの傷口に、じんわりと何かが染みこんでいくようだった。
ただホワイトの言葉には間違いがある。辛いのはボクじゃなく、彼らだ。
爪を立てたのはみんな、ニンゲンから酷い目にあったトモダチばかりだった。ある子はニンゲンに敵意を示し、またある子はニンゲンに落胆して、そして近づくなと言った。
悲鳴を上げる彼らに、ボクはただ抱きしめてやることしか出来なかった。

「っな、んでっ……!」

みっともない姿だ。心のどこかがそう嘲笑ったけれど、それでもボクは二つの腕から逃げ出そうとしなかった。
なけなしの意地で歯を食いしばって、激情的な思いと嗚咽を堪える。外では滝のような雨が一層酷さを増していた。
そうしていると突然、ホワイトが拘束を緩めた。ボクは視線を彼女の方へやる。ビー玉のような瞳と、その奥に映っている緑の濡れネズミと目があった。
ホワイトは慈愛に満ちた表情で、ボクの胸――ちょうど心臓の辺りへ、壊れ物を扱うように優しく、口づけを落とした。

「それも全部頂戴?」

もう駄目だと思った。
今度はボクから抱き着いた。
離れないでと言うように、縋るように衝動的に抱きしめた。
みにくい思いはせきを切ったように、幼稚で乱暴な言葉となって外へと溢れ出る。

「何故、優しい彼らが苦しまなくちゃいけない。どうしてニンゲンは彼らを傷つけた。トモダチのために、何故ボクは何もしてやれない。
彼らが一体、何をしたと言うんだ!」

ボクは辛かったんじゃない。
ただ悲しかっただけだ。彼らが虐げられた事実も、彼らに代わってやれないことも。
そして何時からだろうか。そんなみっともなくて醜い自分から、ボクは目を逸らしていた。いなくなっていたわけじゃ、忘れていたわけじゃなかった。

「……酷いね、キミは」
「うん。知ってる」
「ボクはこんな弱い奴じゃないのに。……気づきたくなんてなかったのに」
「うん。だから私にくれるんでしょ?」
「……いいや。残念だけど、きっとあげられない」

ボクはトモダチと一緒に傷ついて、一緒に苦しもうとしていた。けれどそんなこと出来もしないのは、あの頃から承知済みだった。
いくら醜くとも見にくくとも。それがボクである以上は簡単に譲ることは出来ないのだ。

「これはボクのものだ」

欲しかったわけではないけれど、それでも。
ホワイトはただ頷いて、ボクの濡れた頭を三度撫でた。


end.





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