(触れられるのが苦手なコトネ)


大きな手に包まれて帰路についた、オレの数少ない子どもらしい記憶が。励ますために伸ばされた、小さな少女の手が。
また今日も、邪魔をする。

「触れられるのは、あまり好きじゃないかな」

それはまだオレたちが、ライバル同士でしかなかった頃の事。曖昧な言い回しとはいえ、嫌いとコトネが表明するのは珍しいと思った記憶がある。

「あ……ごめん」

偶然手が当たっただけ。オレにとってはただそれだけでも、コトネは反応してしまう。好きじゃない、が一体どういう意味なのかは、あの後直ぐに思い知らされた。
短くはない付き合いだから、理解はしているつもりだ。けれどいつもオレの注意が足らず、結果情けない顔をさせてしまう。

「別に、お前が悪いわけじゃない」

そう告げてやれば、コトネは困ったように、けれど小さく笑みを見せる。その度にオレが傷ついていくのを、きっとお前は知らないんだろう。

コトネ曰く、ヒビキを含めて他人には誰にでもこうなるらしく、また自分から触れる分には大丈夫なのだとか。
それ以外は普通と変わらないようで、コトネはよく当たり前のようにオレの側にいた。
例えば、今だって二人がけのソファーに並んで腰掛けている。そうなるとオレが注意を払わなければならないのだが。残念ながら、オレはコトネとは違う人間だ。

手を伸ばせば届く距離に、愛しい存在がいる。そう認識してしまうと、どうしても行動を起こしたくなる。
オレにとって、触るという行為は少なくとも優しいものだった。それは数える程の記憶しかないせいだろうが、だからこそ。
愛情表現の一つとして、彼女に触れたいと思う。もちろん含むのは純粋な思いだけではないのだが。

「……ソウル?」
「ああ、悪い」
「いいけど。何かぼうっとしてたから。何かあった?」

別に。そう発しかけて、言葉を噤んだ。もしここでオレが本音をこぼせば、コイツは応えてくれるんじゃないかなんて。過ぎった考えを即座に打ち消すが、返答までに空いた微妙な間が余計に深長さを持たせてしまったらしい。
私で良ければ聞くよ。お人好しのコトネは、あの時手を差し出してくれた少女は、手を伸ばさなくとも触れられる距離まで身を乗り出した。
その一瞬。オレには記憶がないのだが、多分何かを言ったのだろう。

「……え?」

気がつけば、コトネはただでさえ大きな目を見開いていた。それは明らかな戸惑いの表情で。
拒絶されなかっただけマシだが覚悟もなく、何と無くで言葉を漏らしてしまったことが情けなかった。しかし、忘れてくれと取り繕う声も微かに枯れていて、信憑性がない。
最悪だ。これ以上コトネの顔を見ていられなくなって、視線を逸らそうとするも、許されず阻まれる。
柔らかいコトネの手が、頬に触れた。止めておけ。そう言いたいのに声が出ない。そして同じ仕草をさせるように、もう一方でオレの手を持ち上げると、ゆっくりコトネの頬に触れさせた。

「……無理するな」
「無理じゃない」

引きつった顔をして、何を言うか。オレが身を引くと両の手は簡単に剥がれ落ちた。
原因は何と言ったか定かでない、オレの一言なのだろう。無茶をさせてしまったことを詫びるべきか、感謝するべきか。掛ける言葉に悩んでいる内に、コトネが口を開いた。

「確かに体はまだ拒絶しちゃうかもしれないけど。でも大丈夫」
「……無茶するな」
「だから、無茶じゃない!」

部屋中に響いた、高くきつい声。けれどそれとは裏腹に、コトネの表情はとても穏やかなものだった。
そしてさも当たり前のように紡がれた言葉も、優しい音を伴って。

「ソウルとなら全部、大丈夫だよ」

意味を理解するのに数秒。嘘じゃないかを何度か尋ねて、そして大きく溜め息をついた。

「嫌だった?」
「……まさか」

今すぐこの小さな体を抱きしめたいという欲求を、オレは必死で押さえ込むのだった。



end.




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