(突発短文形式で12話/押しに弱いソウルの話)





「ねぇ、ソウル」

コトネが猫なで声で話し掛けてきた時は、大抵ろくな内容じゃない。

「今から実家に帰るんだけどね。その前に買い物を頼まれちゃって。どうにも一人で持てそうな量じゃないんだ。だから」
「行かねぇ」
「そんなこと言わずに、ね!晩御飯だってご馳走するし、泊まっていってくれてもいいし!」

来て。行かない。そんなやり取りが何度か繰り返される内に、バトルや修業にも付き合うから、今度何か奢るからと対価が増えていった。コトネに折れる気はないらしい。

「お願い!ソウルにしか頼める人がいないの」
「……早く仕度しろ」
「わあ、ソウル大好き!」

スーパーで買いたいものもあったし、この後の予定もない。オレが折れてやったのはそんな理由からで、似合わない猫なで声にやられたからでは絶対に、ない。




丸っこい字がかかれたメモを見ながら、商品を次々とカゴに積んでいく。

「あとはね……」
「まだあるのか」
「一人じゃ持てないって言ったでしょ? あ、食パン発見!」

金持ちの癖に、値段が違う二つの食パンを手にして悩むこと三分。

「お客さんもいるし奮発しちゃえ」
「ヒビキでも来るのか?」
「え、ソウルのことだけど。泊まっていかないの?」

そういえばそんな話もしてた気がするが、本気で言っていたとは思っていなかった。オレはコトネの友人ではないし、そもそも晩飯の話だって断るつもりだったのだ。

「ヨシノまで行けばポケモンセンターがあるだろ」
「でもちょっと遠いし、それにもう連絡しちゃった」

友達が来るから晩御飯と布団用意しておいて、って。
コトネの言葉に目眩がした。コイツの両親とはいえ、見ず知らずの他人と一緒に過ごすなんて御免だ。なのに。

「美味しいシチューを作って待ってるって」
「ああ……そうかよ」

やはり、猫なで声のコイツはろくな話を持ち掛けてこないようだ。





オレとコトネの手には、はち切れそうなくらい膨らんだレジ袋が一つずつ。大した重さじゃないと思うのだが、想像以上に非力らしいコトネは先程から重い重いとガキのように喚いていた。

「ソウル、片手貸してよー」
「知るか。そもそも全部お前の荷物だろ」
「だってもう腕が抜けそう。……あ、じゃあジャンケンしよう! 私が勝ったらソウルは片方持つ。で、私が負けたら」
「奢り追加な」
「了解。最初はグー、ジャンケン……」

ポン。オレはチョキで、コトネはグー。

「はい、私の勝ち。ソウル右手貸して」

左手に荷物を持ち替え、差し出した右手には新たな重みが加わる。

「あー、軽くなった」
「そうかよ」
「うん。最初にチョキ出す癖、気をつけた方がいいよ」

ああ。もちろんそれくらい、ちゃんと分かってるよ。





ついにコトネの家に着いてしまった。

「ソウル。荷物持ちありがとう」
「……ああ」
「あれ、入らないの?」

男の友達はヒビキという前例あるので誰も気にしないとコトネは言うが、まずオレは友達じゃないわけで。(そしてもちろん、親友でも恋人でもない)
ただ鼻孔をくすぐるのは紛れも無いシチューの香り。

「上がって行ってよ。私ソウルのことちゃんと紹介したいから」
「どうやって」
「未来永劫を誓い合った運命の人って」
「絶対入らねぇ」
「嘘嘘!ただの冗談だから」

最初からこれが目的だったんじゃないかと勘繰りながら、手を引かれるまま半ば強引に門をくぐった。





「ただいま!ソウルを連れて来たよー」

その声を聞いて、キッチンから玄関まで出迎えに来たコトネの母親に小さく会釈する。慣れないことは苦手だ。オレに気を遣ったのか、コトネはすぐに自分の部屋へと案内した。

「……片付いてるな」
「旅に出てほとんどそれっきりだから。荷物と上着はそこら辺に置いて、椅子に座ってて。あ、紅茶でいい?」
「何でも」

手荷物を床に置くなり、また部屋を出たコトネ。椅子に腰掛け何もすることがなくなったオレは、そっと室内を見回す。
片付いてはいるものの、ポケモンドールがあちらこちらに置かれていた。目覚まし時計やテッシュカバーなどの小物も、何かしらの柄が入っていて、そういえば床のマットもピンク色をしている。最低限のものしか置いていなかったオレの部屋に比べると、この場所は少し居心地が悪い。それでも先程よりはずっとましだが。

「ソウルってストレート派だったよね?」
「ん、ああ」

いつの間にか戻ってきていたコトネから、二つのカップとスナック菓子が置かれたトレイを受け取る。


「茶菓子くらい持ってくれば良かったな」
「そんなこと気にしないでよ。それよりこの部屋の感想は?」
「少女趣味」
「だって女の子だもん」
「……ああ、そうだったな」
「今ちょっと忘れてたでしょ」
「いや、冗談だ」

取り繕いながらカップに口をつけると、舌を軽く火傷してしまった。





晩御飯まではまだ時間があるから、とコトネがクローゼットから一箱の段ボールを引っ張り出してきた。開けると、中にはアルバムが数冊。

「これ全部お前のか?」
「そうだよ」

机の引き出しから何かを取り出した後、比較的綺麗なアルバムを選び広げるのをオレは黙って見ていた。

「旅の写真も貼らないとね。あ、暇だったら他のアルバム見ててもいいよ」

興味があったわけじゃないが暇つぶしに、と適当に手に取った一冊を開く。
五、六歳と言ったところだろうか。いつだってコトネは、家族やヒビキや他の友達に囲まれ幸せそうに笑っていた。

「いつかソウルのアルバムも見たいなあ」

「そんなものねぇよ」
「え、本当?」

多分な、と返しページを捲る。写真なんて撮られた記憶がほとんどない上に、オレが写ったものは数枚しか見たことがない。きっとあれっぽっちじゃアルバムなんて作れない。

「んー、じゃあこれあげる」

コトネが差し出したのは、オレとコトネとバクフーンとオーダイルが不覚にも並んで写ってしまっている写真。

「……いらねぇよ」
「そんなこと言わずに。新品の小さなアルバムもあったはずだから、後で渡すね」

嫌そうな顔をしながらも写っていることといい、その写真が何故かオレの手元にあることといい、どうやらオレは押しに弱いらしい。
バクフーンの隣に並んでいるコトネは、やはり幸せそうに笑っていた。




アルバムを眺める間に時計の針は、もう二周もしていたらしい。「そろそろ晩御飯の時間だね」と言われ、少し憂鬱な気分になった。唯一の救いは、コトネの父親が単身赴任中で帰ってきていないことだろうか。(いや、別に深い意味はないが)
そして現在。オレの右隣にはコトネが居て、コトネの向かいにはその母親が座っていて、目の前にはシチューが置かれていた。

「はい、どうぞ」
「……いただきます」

スプーンを手に取り、口に含む。コトネの言っていた通り本当に美味しいそれの感想を、オレが珍しく素直に伝えると、コトネとその母親は似たような笑みを浮かべていた。

「で、私のバクフーンがね……」

その後食卓ではコトネが楽しそうに喋り続け、コトネの母親はその話にひたすら相槌を打っていた。オレはほとんど喋ってねぇのに賑やかな事。しかし旅の最中は一人で、幼い頃も両親と食事の席につくことがなかったオレにはこの光景は新鮮でもあった。

「ソウル君、お代わりは?」
「……お願いします」

この言葉に、コトネの母親だけでなく本人まで上機嫌になったのが分かった。にやにやしてんじゃねぇとコトネの母親に見つからないよう、コトネをそっと小突く。
新たによそわれたシチューを眺めながら、紅茶のせいで舌を火傷していることを悔いた。




「お風呂って先と後どっちがいい?」
「……は?」
「だって泊まっていくんでしょ?」

それはお前が勝手に決めたんだろと言いたかったが、今近くにはコトネの母親がいた。オレはその言葉を何とか飲み込む。

「そんなに世話になれるかよ」
「えー、もっと話そうよ」
「それなりの頻度で会ってるだろ」

もちろんトレーナーとして、ライバルとしてだが。

「でも、もう布団も用意してあるし」

ああそうだった。思い出して頭が痛くなる。普段はずぼらなところが多々ある癖に、どうしてこういう時だけ用意周到なのか。

「……そういえば布団ってどこに敷く気だ?」
「やった! 泊まっていってくれるんだ」
「そういうわけじゃねぇよ!」

何となくだ何となく。コイツのポジティブな性格も今は面倒でしかない。
コトネの部屋に案内されたときには、客室や空き部屋はないようだった。一階で泊まれる場所と言えばリビングくらいか。

「それはもちろん私の部屋だけど?」
「お邪魔しました」

冗談じゃない。
荷物を手に取り今回ばかりは本気で、この家から出ていこうとする。ついて来るコトネを振り払い、玄関で靴まで履いたところを、ソウル君と呼び止められてしまった。明日のお弁当の材料、二人分買ってきてるんだけどなあ。コトネの口調を真似たらしい台詞に、押しに弱いオレは降参するしかなかった。というかこの母親はオレがそういう奴だって知っているように思うのは、ただの気のせいだろうか。
改めて靴を揃えながら、そういえば途中からこの人の存在を忘れていたなと考えていた。





先にコトネが風呂に入り、部屋に上がってていいと許可をもらったオレは階段に足を掛ける。

「ソウル君、ちょっと待って」

そこでまたしてもコトネの母親に呼び止められてしまった。振り向くとコトネの母親は想像以上に近くにいて、オレは思わず驚いてしまう。

「襟が曲がってる。ん、よし」
「ああ……どうも」
「いえいえ、どう致しまして。やっぱりコトネが言っていた通りね」

何と言っていたのか。聞きたくなったが、本人の居ないところで聞いていいものなのか。

「分かりにくいけど、ちゃんと優しくてしっかり者のソウル君? コトネのライバルでいてくれて、ありがとう」
「……い、え」

どんな間違った評価だ、と思うまでに数秒。いえ、なんて短い上に在り来りな言葉を返すのにまた数秒。いたたまれない気持ちになって、コトネの母親がニコニコとしている内にその場を離れる。

「押しに弱いのも、コトネが言っていた通り」

コトネの母親が後でそう呟いていたことは、もちろん知る由もなかった。



10

コトネが部屋に入ってくるのと交代で、オレも風呂場へと向かった。


「あ、ただいま」
「ん……布団敷いたのはコトネか?」
「そうだよ」
「どうも」

髪を解きラフな格好をしているコトネは、ベッドに腰掛け何やら書き留めているらしい。ドライヤーはそこにあるからとだけ言って、視線はノートへと落ちた。オレは男だから髪なんて自然乾燥で構わないのだが、ここは部屋の主の意向に素直に従っておくことにした。

「お客さんなのに、私がベッド使っててごめんね」
「別に構わねぇよ」
「それとも一緒にベッド使う?」
「……今日お前調子乗ってんだろ」

あれ、バレた?なんてわざとらしい。コトネはノートを閉じて、思い出したようにこう言う。

「それにしてもソウルが敬語使ってるの面白かった」
「そろそろ殴るぞ」

目の前にいるふざけた奴を、何だかんだで許してしまっているオレは確かに優しいのかもしれないなと小さくため息をつく。

「ソウル、ちょっと来て」
「……今度は何だ」
「バトルのこと」

再び開かれたそのノートは、バトルと関係があるものだったらしい。現チャンピオンの口からバトルの言葉が出れば流石に、今までのやり取りがどうでもよくなる程度には興味が沸く。仕方ないなと言いながら、手招きされるままコトネの隣に腰掛ける。

「今度ホウエン地方の大会にゲスト参加するんだけど、どうせならホウエンのポケモン中心にメンバーを組みたいなって」
「ホウエンか……」

買い物に宿泊にとコトネに丸一日振り回され続け、正直疲れていないわけではない。しかし、ノートと向かい合うコトネは珍しく真剣な顔をしていて、きっと長い夜になるのだろうなと目を軽く擦った。



11

「あ、おはよう」
「……何時」
「もう九時前だよ」

いつもより遅い起床時刻を耳にしながら、ベッドから体を起こす。

「結局一緒に寝ちゃったね」
「……そうだな」

昨日の話し合いはオレの予想通り日を跨いで続き、気がつけば日がすっかりと昇ってしまった今に至る。
コトネは既に私服に着替えていたが髪は解いたままなところを見ると、コイツも先程目覚めたらしい。

「私、先に洗面所行ってるから。ソウルは着替えて降りてきてね」
「ああ」

コトネが出て行くと、オレはいつもの服に袖を通す。洗面道具以外の荷物をまとめリビングへ向かうと、テーブルには既に二人分の朝食が並んでいた。

「よく眠れた?」
「あ、はい」

食パンにスライスしたハムとスクランブルエッグ。美味しそう、と嬉しそうに隣に着席するコトネと同じ感想を抱きながら、続くようにして手を合わせた。


「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「いえ……お邪魔しました」

支度を終え、オレとコトネは弁当箱を手に家を出る。

「お弁当ありがとうございます」
「いいえ。また来てね、ソウル君」

カイリューに飛び乗ったコトネはオレを急かす。ゆっくりしていけないのはコイツの予定が原因だったりする。大きな背に掴まるとコトネの指示で、カイリューは直ぐさま飛び上がる。

「行ってらっしゃい! コトネ、ソウル君」

コトネは母親の声に大きく手を振り、オレも手を挙げて応える。家族の一員みたいだなと思ったのはもう少し先のこと。

「お泊りはどうだった?」
「……最悪ではなかったな」
「私は兄弟が出来たみたいで楽しかったなあ」
「あんな姉妹はいらねぇ」

オレたちの話し声に合わせて、二つの弁当箱が揺れていた。



12

手作りの弁当なんて初めてかもしれない。ミミロップ型のりんごも、オクタン型のウインナーも見たことはあっても口にしたことはなかった。甘く味付けされた卵焼きも、ハムに包まれたキュウリも、塩だけのシンプルな握り飯も。意外と、いける。

「……あ」

全部綺麗に食べてから、空になった弁当箱の存在に気づく。使い捨てではなさそうだが、やはり返すべきか。
少し悩んでいると、コトネの母親の「また来てね」という言葉を思い出した。もしかしてそのために弁当を、と思ったがさすがに考え過ぎか。
これだけ世話になっておいて手土産の一つも渡せてないのは、少しきまりが悪い。ああ、そうだよな。
意を決したオレは、ポケギアを手に取り、可愛い気のない姉だか妹だかに電話を掛けた。


end.




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