「リーフ。……、いろいろ悪かったな」
「何が」
「別に。大したことじゃない」
「気になるだろ。言えよ」

 嘲笑の代わりに聞こえてきたのは殆ど耳にしたことがない、静かで落ち着いた声。淡泊で聞き取りやすいその喋り方は、レッドを彷彿とさせた。やっぱり、らしくない。そんな戸惑いと未だに残っている恥ずかしさとで、あたしの口調はついきついものとなってしまう。
 グリーンはあたしから顔を背け、小さな唸り声を上げて悩み始めた。これは時間がかかるかもしれない。待つのは得意じゃないけれど、今回ばかりは引きたくなくて、目の前のコイツを真っすぐ見据える。
 悪態を笑って受け流すのも、他人を気遣うのも様にはなっていたけど、そんなコイツはいつになっても好きになれそうにない。だから、あたしは黙ってひたすら待つ。組み替えた足がテーブルの裏にぶつかって音を立てた後、グリーンは観念したように大きな溜め息をついた。

「……こっからは一人ごとだからな」

 グリーンはそう弱々しく告げるよりも先に、背を向けて座り直した。その言葉に反応してあたしも顔を背ける。

「もうちょっと言葉を選ぶべきだった。……レッドのことが大好きなリーフに、探すの手伝えなんて言わなきゃよかった。リーフは焦るだけだって、ちょっと考えれば分かっただろうにな」

 後悔しているらしい。プライドの高いグリーンがこんな言葉を紡ぐなんて、それもよっぽど。その態度にあたしも決心し、静かにグリーンの方へと向き直る。アイツの背中は想像よりも狭くて、やはりあたしもグリーンも、まだまだ発展途上中のガキなんだと思い知らされる。

「グリーンがそんなこと言うなんて珍し……気持ち悪ぃー!」
「わざわざ言い直すなよ!」

 勢いよく振り返ったグリーンに吹き出すと、大体今のは独り言だ、とかなんだとアイツは耳を真っ赤にして喚き始める。それがまた可笑しくてあたしは思いっ切り笑ってやった。

「じゃあ、あたしも一人ごと」

 一通り笑った後、今度はあたしから口を開く。と言っても、あたしに真面目な雰囲気なんて似合わないのは承知済み。グリーンだってそのことは理解してるだろう。だからあたしはいつも通り、素直に自然に幼なじみに語り掛ける。

「確かにレッドを見つけないとって焦りはしたけど、言われないよりずっと良かった。それと、あたし情報収集得意じゃないんだ。顔も動ける範囲もグリーンよりずっと狭いしな」

 せっかくグリーンがあんな言葉を口にしたんだから。嘘も隠し事も、もう仕舞いだ。

「あたしはレッドの親友だってずっと思ってるのに……腹立つな」

 親友の癖に相談もされず、挙げ句自分は何もしてやれない。天井を見上げると、鼻の奥がツンとした。

「ああまた泣く」
「泣いてなん、かねーよ」

 グリーンは腰を上げ右手を伸ばすとあたしの頭を乱暴に撫でた。そして一つ、二つ。優しく叩く。

「情報収集はオレがやる。リーフの役目は、そうだな。そうやって泣くこと」
「……は?」
「泣き止んだら普通に戻ること。電話に出ること」
「馬鹿にしてんのか」

 まだ髪を乱している手を払いのけて、グリーンの顔を真っ直ぐ睨んだ。

「いや、結構本気。お前は普通でいてくれ」

 あたしと違って、真面目な顔もコイツには似合うのだから羨ましい。ガキ扱いしすぎだとか、あたしだってもう少しやれるとか。色々言いたいことを全部飲み込んで、ただ頷いた。

「右手、貸せ。握って、こう突き出せ」
「ん」

 手の甲で乱暴に瞼を擦った後、指示された通りに右手を突き出す。あたしの右手に、グリーンの右手がコツンと音を立ててぶつかる。

「約束。破んなよ?」
「そっちこそ」

 グリーンはレッドを探して、あたしはそれをひたすら待つ。そしてレッドを見つけたらぶん殴る、だろ。あたしが約束を口に出すと、足を組んだグリーンは偉そうに笑って「正解」と言った。生意気で我が儘でプライドの高い幼なじみが、よく知ったソイツがそう口にした。
 先程のらしくない、兄のような態度のグリーンとは友達になれないと思ったが、普段通りのグリーンも大嫌いだったことを失念していた。昔も今も、グリーンは大嫌いだと再確認する。だから、そう。後悔することはあっても、良かっただなんて思うことは絶対にない。嬉しいなんて万に一つもない、はずなのに。

「え。な、なんで泣くんだよ! 本当わけ分かんねー奴だな。オレはレッドじゃないし、気の利いた言葉は掛けてやれねーぜ」
「グリーンにそ、んなこと、期待する……かよ」

 今も昔も、一度だってグリーンにそんな期待をしたことはねーよ。涙ぐんだ声を鬱陶しく感じながらも、あえて言い直してやる。グリーンは素直に納得すると、とても爽やかに、この上なくいい顔で微笑んだ。
 目の前で幼なじみが泣いているのに薄情な奴。というか経緯がどうあれ、アイツを探すという大役をレッド大好きなあたしが譲り渡したんだから、しっかりやらなかったら許さないんだからな。そんな思いを込めて睨みつければ、コイツは泣くか喧嘩売るかどっちかにしろよと吹き出しやがった。
 そういえばグリーンのファンには女性が多いらしい。申し訳ないけれど、あたしが彼女たちに賛同することはこれから先もまずないだろう。だって少なくともあたしの前のコイツは、生意気で意地っ張りで素直じゃなくて、その癖臆病で。なのにすぐに無茶をする、昔と何一つ変わらない腹立つ奴のままなのだから。





3.約束




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テーマ「人外ファンタジー」
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