(Nの未来の話。ほぼ捏造です)



『先生……N先生』

夢のものだと思っていた声は目が覚めても止まなかった。
机の上の置き時計はもう昼に差し掛かっており、カーテンから差し込む日光も柔らかい。本を読み終えるために夜更かししてしまったことを少しだけ反省しながら、間抜けな音を立てるスリッパで声のする方へと向かう。

「遅くなってごめんね。どうしたの?」

声の主は、隣の通りの一軒家に住むスバメだった。青いポシェットを下げた彼は一緒に暮らしている病弱なキノココのために、ボクの元をよく訪れる。

『前貰った薬がもう無くなってきたから欲しいんだけど、まだある?』
「うん、大丈夫。探してくるから上がって待ってて」

彼が小さく羽ばたいた音を聞きながら、ボクは階段を駆け降り薬を探す。確かここに……よし、あった。それを手に取り元いた場所に戻って、彼が下げているポシェットの中身と引き換えた。

「はい、確かに。ちょうど頂いたよ。ごめんね、よく来てくれるのに安く出来なくて」
『だいじょーぶ。キノココもぼくもみんな、先生のこと大好きだから』

にこりと笑ったスバメはボクが返事をする前に飛び立ってしまった。

「先生、かあ」

そんな大層なものじゃないのに、と昔より短くなった髪をかきあげ苦笑する。最初は否定していたその呼び方も、今ではトモダチたちまで使う始末。これだから小さい街は、と離れる予定もない癖に毒づいてみる。
イッシュを離れた後、ボクは見知らぬ土地で旅をした。色んな人やトモダチに出会いそして別れ、人生初の経験を何度もして、思いっきり笑って思いっきり泣いた。何か目的があって始めた旅じゃなかったけれど、トモダチの役に立ちたいという思いは薄れることがなかった。
それから紆余曲折を経て、街のポケモンドクターとしてボクはここにいる。

またスリッパのパタパタという間抜けな音を立てながら、今度は台所に向かいフライパンの上に溶いた卵を入れる。ちょっと早いけれど昼食にしてしまおう。本当は卵焼きを作るつもりだったんだけど、朝食になるはずだった食パンとハムの存在を思いだし、急遽サンドイッチに変更。食パンに切れ目を入れながらボクは呟いた。

「しかしなあ……」

世間的には悪役だった自分が、この街では先生と呼ばれ慕われる存在だなんて変な話だ。と言っても、この街の人はボクの生い立ちなんて知らないからなんだけど。
ただの一人のニンゲンに戻ってから、もう十数年。心の赴くまま旅をしていた頃には、自分の世界がこんなにも変わるなんて思ってもみなかった。
ちょうど卵が焼き終わった時、街の広場の大きな鐘が正午を伝える。さて、午後からはどうしようか。お気に入りのマグカップにオレンジジュースを注ぎながら、鼻唄まじりに頭を抱えるのだった。




end.





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