(2話の前日談)




『明日時間あるか?』
『オレがあんまり暇じゃねーんだけど、トキワジムにいるから来いよ』

 ポケギアのランプが点滅して着信を知らせ、しばらくすると留守電に切り替わり伝言が残される。

『待ってるからな』

 それっきり机の上の声が止んだのを確認してから、あたしはたった今録音されたばかりのメッセージを削除した。

「……りょーかい」

 それは久しぶりに聞くグリーンの声だった。


 トキワジムで顔パスが利くのはあたしを含めても片手で足りる程度らしい。ジムトレーナーの前を素通りし奥の簡素な部屋へと向かいノックを二つ。そうするとすぐに「開いてるから勝手に入れよ」と聞き慣れた声が返ってきた。
 生返事をして、見た目によらず意外と分厚い扉をぐっと押し開ける。あれ、こんなに重かったっけ、と腕にかかった圧に驚いた。
 整頓された部屋の中で右手を上げて挨拶するグリーンは記憶の中のコイツと一緒で、釣られるようにあたしも右手を上げた。

「あ。グリーン今大丈夫だったか?」
「用事はさっき終わった。というかリーフがそんなこと言うなんて気持ち悪……珍しい」
「冷蔵庫借りる」

 忙しいって言ってたからせっかく気遣ってやったのに腹立つ奴。勝手にジュースがぶ飲みしてやろう、と自覚出来るくらいずかずかと歩いて冷蔵庫を開けたが中身は殆ど空だった。

「残念だったな。麦茶くらいしかねーよ」

 グリーンはにやにやとカンに障る笑い方をしながら、ヤカンとグラスをテーブルに運ぶ。その背中を睨みつけた後わざと乱暴に席について注がれたお茶を一気に口に含んだ。味わえなかった代わりに、グラスをテーブルに置く頃には先程までの苛立ちはどこかへと行ってしまっていた。

「そんなに怒んなよ」
「もう怒ってねーよ。馬鹿グリーン」

 名前の前に馬鹿まで付けたのに、何故かグリーンはあたしの返事に満足気で……あ、やられた。グリーンはわざわざあんな態度をとっていたんだとようやく気がついた。まあ「やっとらしくなったじゃねーか」という声は相変わらず憎たらしかったけれど。

 台所からポテトチップスを取り出してきたグリーンは、あたしと向かい合うように席につく。自他共に認めるにぶちんのあたしだが、グリーンの顔が真剣なものになったことには気がついた。
 射抜くような目と沈黙に耐え兼ねて何が言いたいのかと促せば、視線が下に逸れたアイツの口から聞いたことのない弱々しい声が漏れ出す。

「……本題に入る前に言っとく。レッドが大好きなお前の気持ちは分からなくもねーけど。せめて電話には出ろ」

 頼むから。呟くように懇願されたその言葉が何よりも心に残ったせいで、グリーンらしくもねーなと軽口を叩くことは出来なかった。
 代わりに首を二回縦に振るとグリーンは「よし」とだけ言って、すぐさまレッドのことに話題を転換してしまう。あたしが今の言葉について追求することを拒んでいるようだ。そんなあからさまな態度を取られると余計に気になるのが人間の性だが、今日のメインはレッドの話。先程のやり取りを頭の隅に追いやり、グリーンの言葉に耳を傾ける。

「タマムシデパートとかその辺の道路とかで何回か目撃はされてるみたいだけど、居所は不明。そっちは?」
「あたしもまあ……そんな感じ」

 伸びてきた前髪を手でとかしながらグリーンの問い掛けに答える。あたしは特別な権限もコネクションも持っていない、ただのトレーナーだ。レッドがいなくなってから探し回ってはいるけれど、本当は何一つ証言を得られていない。だからさっきのは、役に立てない自分が悔しくてついた嘘。でも、グリーンに納得されると余計に自分が情けなくなった。

「レッドが大好きなお前のことだから焦ったり心配したりしてるんだろうけど。地道に探すのが得策だと思うぜ」
「……うん」

 さて、と。急に明るくなった声につられて目線を上げる。数秒前で真面目な顔をしていたグリーンは、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

「こっからは提案なんだが、ちょっと耳かせ」

 グリーンはいつの間に、ころころと表情を変えられる器用な奴になったのか。新しい一面に少し驚いたが、提案とやらが気になったので手招きされるまま素直に従う。身を乗り出すために両手をついたテーブルが、少し軋んだのが分かった。

「レッドの奴、こんなにオレたちを振り回しやがって腹立つだろ?」
「……まあ」
「だからアイツを見つけたら、二人でぶん殴ろうぜ」

 あのレッドにあたしとグリーンが手を上げる。その光景は想像出来なかったけれど、振り回されてるのは事実だ。

「じゃあ、決定な」

 まだはっきりと返事をしていないのに「はい約束」と言って当たり前のように小指が差し出された。外見にも肩書にも似合わない行動にまたか、とため息をつく。長い付き合いがあるせいか、この幼なじみは未だにあたしを子供扱いする癖がある。

「指切りげんまん、なんて幾つだよ?」
「お前には言われたくねーよ」

 僅かに拗ねたような口ぶりだったが、すぐに笑みを浮かべたところから、不快に感じたわけではないらしい。旅に出る前は、こんな些細なことでも十分な喧嘩のきっかけだったのに。ガキだった自分達を止めるのは、行方不明のアイツの役目だったのに。
 胸がムカムカとして気持ち悪い。気がつけばあたしは、骨張った手首を掴んで、自分の小指でグリーンのそれを乱暴に絡めとった。
 こんなグリーン、あたしは知らない。

「……勝手に大人になるんじゃねーよ」

 考えるより先に行動してしまうのがあたしの悪いところ。見開かれた目が視界に入った瞬間羞恥心に襲われ、慌てて手を離し顔を伏せる。笑われるかと身構えるも、そんな声が降ってくる様子はなかったので、恐る恐る顔を上げた。





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