私はセキエイの自室に戻り、ソファーに勢いよく腰掛けた。キイとスプリングが悲鳴を上げる。

「疲れたなあ」

うーん、と大きく伸びをする。
外はもう真っ暗。壁に掛けてある時計に目をやれば、針は9の字を指していた。

「あ、ソウル。鞄はベッドの上に置いといていいから」

とっくに見慣れたチャンピオン用の部屋。
けれど仕事以外の用事で入ることを許可したのはソウルが初めて。

ソウルにバトルを申し込まれ先程までフルバトルをしていた。
いつも通り私の勝利に終わったけれど、普段より時間がかかっていたらしい。冗談で「部屋来る?」と尋ねたら意外にも頷かれ、そして今に至る。


「ソウルー。カップ麺なら作れるけど食べる?」
「それは作れる内に入らねぇだろ。食べるけど」
「じゃあ自分のは自分でやって」

立ち上がり台所の棚を探る。
いくら疲れているとはいえ、空腹でそのまま眠れる気はしない。

「良かった。ちょうど二個だ」
「もうちょっと買っとけよ」
「今日早く上がって、買い物に行こうと思ってたんだけどね。本当は」

覗き込むような格好のソウルに片方を手渡す。

「でも誰かさんがバトルを申し込んで来たせいでなあ」
「……悪かったな」
「あれ、ソウルにしては珍しい。風邪でもひいた?」
「うっせぇ」

ごめん、ごめん。いつもなら私の愚痴なんて気にもしないからさ。
形だけの謝罪はお気に召さなかったようで、頭を軽く叩かれた。ちょっと痛い。
端から見れば馬鹿なんだろうやり取りをしている内に、準備完了。

「タイマーよろしく。三分ね」
「転ぶなよ」
「わー。失礼」

こんな近い距離でちゃんと足元に注意しながら運んでるんだから、こけることなんてなく。

「あ、タイマー鳴った。」

両手を合わせて「いただきます」。流石に声には出さなかったけど、ソウルもちゃんと手を合わせてた。そういえばお箸の持ち方も綺麗。育ちがよかっんだろうか。

「何だよ」
「ああ、別に。ちゃんと仕付けされてるんだなあと思って」
「普通だろ。それより伸びるぞ」
「あ」

ソウルを観察している内に着々とお湯は減っていたらしい。私は慌てて箸を手に取る。

「なあ、コトネ」
「何?」
「オレは旅に出る」

何か言葉を返したかったのだが、急いで食べたから口の中が熱くて、とりあえず頷くことしか出来なかった。

「はあ。……あつっ」
「何やってんだ」
「……で、予定はいつから?」
「明日立つつもりだ」

真面目な話のはずなのに自分のせいで締まらない。その上ソウルは私のことを小馬鹿にするような目をするし、何だか下らない話の続きをしている気分だ。

「どこ行くの?」
「シンオウ。というかお前、もう少し反応しろよ」
「だっていつかはこうなるだろう、って思ってたし」

強い野生のポケモンを相手にするのもいいけれど、本番は人と人との勝負。色んなトレーナーとバトルした方がいいに決まってる。

「ちょっと待ってて」

立ち上がって、ベッドの上にある鞄の中を探る。すぐに見つかったそれらを持って戻り、ソウルに手渡した。

「傷薬とバンドエイド。餞別ってわけじゃないけど一応ね」

本当はバックの中に入ってる、ルアーボールやスピードボールも渡そうかと思った。でもあのメンバーで強くなりたいと考えているなら、持ってても邪魔なだけだ。

「コトネ」
「他には何もないけど」
「そうじゃねぇよ」

まだ食べ終わってないのに箸を置いたソウルは、いつになく真剣な顔をしていた。「……行かないか」
「誰が?」
「お前以外誰がいる」
「それは私がソウルと一緒に、ってこと?」

私のその問いには答えが返って来なかった。代わりに先程の真剣な顔とは一転、肘をついて私から顔を逸らす。柄じゃないことを言うのは彼にとってそれなりに苦痛なのだろう。
一方私は分かりやすい肯定の姿に思わず吹き出しそうになっていた。

「私はチャンピオンだから。ごめんね」
「……そう、か」
「あ、今のってもしかして新手のプロポーズだったりした?」
「そんなわけねぇだろ!」
「冗談だよ、ソウル」

真面目な雰囲気が苦手なのか、それをぶち壊すのが得意なのか。もう忘れろだとか何とか喚いているソウルは、私の知っているソウルだった。ただ普段よりちょっと不機嫌ではあるけども。

一緒に旅に出よう。それは魅力的な話だと思う。
旅に出てみたいし新しい仲間にも出会いたい。トレーナーとして、コトネという一人の人間としての欲というものがある。
だけど私はチャンピオンでもあるのだ。

「普通の可愛い女の子ならこんな素敵な口説き文句、断ったりしないだろうにね」
「だからそんなつもりで言ったわけじゃねぇよ」
「そっか。でも嬉しい誘いだなとは思ったよ」

義務感とかそんな難しいものじゃないけど。
目指すべき頂点として。みんなの憧れとして。
自惚れかもしれないけれど、私はまだここにいるべきだと思うのだ。

ごめん。もう一度そう謝ると、ソウルの手がやや乱暴に私の頭を撫でた。

「……オレらはオレらでいいだろ」

いつもと違うソウルの態度にまず戸惑って、そして安心する。
ライバルで友人でそして。そんなよく分からない関係で私もソウルも大丈夫。
ゆっくりと首を縦に振ると、今度は優しく。ソウルの無骨な手が私の頭を撫でた。

「それにカップ麺しか作れない奴に、普通の可愛いなんとやらなんて期待してねぇよ」
「わー。失礼」

明日にはジョウトのチャンピオンとシンオウのトレーナーという関係が追加される。きっとこれから何度だって追加され上書きされていくのだろう。
それでもソウルがソウルで私が私ならそれで大丈夫。そんな根拠のない自信が今、私の中に沸いているだった。


end.




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