紅茶とケーキのセットが目の前に並ぶ。空になったカップと半分程に減ったアイスコーヒーは既に置かれていて、小さなテーブルは更に賑やかになった。
「でも驚きました。まさかグリーンさんとリーフさんに、こんなところで会うなんて」
「こっちも。秘密の穴場なんだけどな」
「それは残念でしたね」
トキワシティにあるポッポが目印の喫茶店。メニューは飲み物と軽食ぐらいしかないが、どれも美味しく場所もセキエイから割と近めで、気づけば定期的に足を運ぶようになっていた。
「リーフは偶然こっち帰ってて、俺はジムがそこだしな。たまに来るんだよ」
「へー、そうだったんですか」
確かに可愛い窓からはトキワジムが覗いている。視線を戻し静かに手を合わせカップに口をつけると、見計らったようにグリーンさんが立ち上がった。
「そろそろオレ行くわ」
「おー。勘定は任せた」
「またかよ。てか高っ!」
「あ!私は自分で払いますから」
「助かるわ。お前もコトネ見習えよ、じゃあまたな」
時間にして数十秒。席を離れからあっという間に店の外へと消えてしまった。
「デートなんだってさ」
「あ、それで」
リーフさんはアイスコーヒーを掻き混ぜながらそう言う。あまり興味はないようだった。
あの容姿にあの強さに、あの性格。確かに彼女の一人や二人いてもおかしくない。
「モテるんですね」
「多分な。まあ今日は違うんだけど」
「え?」
「嘘だよ、嘘」
コトン。グラスを置いたリーフさんは何故か得意げだった。どういうことですか。私が尋ねるとリーフさんは内緒なと笑ってこう続ける。
「あいつはデートに行くときいつも自慢してくるんだよ。羨ましいか、ってな」
「へえ……。でもそれじゃあ何処へ?」
「多分、レッドのとこ。まだ会えるわけじゃねーけどな」
ストローで氷を吸う音だけがした。もうなくなった。リーフさんはそう呟いて、グラスを再びテーブルの上に置く。
「コトネ、生きてる?」
「あ、あの……すみません」
「何が?」
その、あの。言葉を濁しながらの返事は一応届いたらしくレッドのことなら気にするな、と直球の答えが返ってきた。
「流石にあたし達も慣れたしな」
達とはグリーンさんを含んでそう言っているのだろう。気にしすぎ、と私にデコピン。パシコンといい音がしてちょっと痛い。
リーフさんは額を両手で押さえる私を笑いながら、くわえたままだったストローをグラスに放る。それにはいくつかの噛み後が散っていた。
「それに。決めたしな」
「?」
食べながらでいいって。ハテナマークを浮かべながらも促されてふと気づけば、ちまちまと食べていたはずの目の前のケーキは半分以下に。紅茶も四分の一程度しか残っていなかった。
フォークを握り直して、当事者でない私が動揺してどうするんだ、と心の中で苦笑していると。
「え……?」
風を切る音。固い何かが私の頬を掠める。
「ぶん殴る、ってな」
触れたのはリーフさんの拳だったらしい。きょとんとしている私とは対照的。満面の笑みを浮かべるその雰囲気は、冗談を言うときと何ら変わらない。
「グリーンと二人で、レッドが帰ってきたらぶん殴ってやろうぜって」
普段のノリと同じで、だけど目は本気の――バトルをしてるときのそれだった。
「たくさんの人に迷惑かけて何様のつもりだ、って。心配かけんな、が早い話なんだけど」
「……でもレッドさんにも何か理由が」
そこまで言ってはっとした。すぐに口をつぐんで、そして後悔する。
レッドさんは望んでいない。戻ることも、そしてそれが知られることも。
私はまた余計なことを。
しかしリーフさんはソファーに体を預けて大きく伸びをすると、意外にもニッと笑った。よくぞ言ってくれたとでもいうような笑い方だった。
「そりゃ理由はあると思う。なんたってレッドだし、あたしが知らない何かを考えた結果なんだろうけど。……でもさ。やっぱり腹立つから、だから。あたしはレッドを殴る」
その単純でまったく論理的じゃない答えは、私を黙らせるには充分すぎるものだった。
「この先は本当の本当に内緒だから言えないけど。とにかくレッドについてそんなに気遣うなよ?」
店内は賑わっているのにリーフさんの声はとてもクリアに聞こえる。私はゆっくりと首を縦に振った。
戻って来て欲しいだなんて何様のつもりだったんだろう。私は少し前までの自分を責めた。リーフさんの口調や言葉に圧倒されたからじゃない。
殴ると宣言したこの人の顔色が、ほんの一瞬曇ったことに気づいてしまったから。
ヒビキ君がもしいなくなったら。私は想像しただけで泣きたくなったのを覚えている。でもグリーンさんとリーフさんなら大丈夫だろう、なんて心のどこかではそう思っていたらしい。 辛そうな素振りなんて見せたことがなかった。いつだって二人は楽しそうだった。
苦しいに決まってる。前から知っていたのに、どうして今まで理解できなかったんだろう。
「一応ジムリーダーのアイツがずっと捜しててまだ見つからない……コトネは何か知らないか?」
「あ……いえ、何も」
「そっか。まあどうせ、その内ひょっこり帰ってくるだろ」
罪悪感というのはこういうことか。心が情けないやら申し訳ないやら、負の気持ちで一杯になる。だけど。
「私も探してみます。一応チャンピオンだし何か分かるかも……」
ただ私は二人の力になりたかった。
虫のいい話だとは思う。分かっているからリーフさんの顔を見ることが出来なかった。
「ありがと。助かるよ」
「あ、じゃあ早速電話したりしてみますね。何か分かったら連絡しますから。お先に失礼します、リーフさん!」
一方的にまくし立てて伝票と鞄を持つ。呼び止める声にも気づかないふりをして、逃げるように店を飛び出した。
「本当に良かったのかな……」
店を出て数分後。ぽつりと悩みを呟いてみるも、答えてくれる人はいない。当たり前で仕方のないことだけど、心細いのは確か。
はあ、とため息をひとつ。すると疲れがどっと押し寄せてくる。
「あーいい天気だなあ」
見上げれば一面に広がるあお。憎らしいそれの下うーん、と大きく伸びをした。
私はもう一つ嘘をついた。探すのはレッドさん自身じゃないということ。もちろん居場所は分かってる。
だから私が探すのは。
2.嘘
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