(コトネがチャンピオンをやめた、という設定です。)


わざわざ真冬の海に出かけるなんて、馬鹿のすることだと思う。だからコトネに海に行こうと誘われたときには、頭がおかしいんじゃないかと口にした。

「ソウルー。海って寒いねぇ!」
「……そんなに大声じゃなくても聞こえる」
「そっか。分かったー!」

お前は何を理解したんだ。呆れるオレの少し先を、子どものようにはしゃぐコトネが歩いていた。痛みを伴う寒さに、思わず顔をマフラーに埋める。そんな状況下で足を止めないオレも、馬鹿の一人なのかもしれない。

「ソウル、誰もいないねー」
「ああ。意外だったか?」
「そんなわけないでしょー。もしかしてソウルは意外だった?」
「……」

確実に馬鹿にした声に、殴りたくなる気持ちを抑える。皮肉に決まってるだろうが。
そんなオレなど気にも止めず、コトネは砂に足を取られながら左へ右へ。定まらない足取りと機嫌の良さは、まるで酔っ払いのようだ。ぎりぎり未成年のコイツは当然素面なわけだが。
そんなに海が楽しいのか。それとも、チャンピオンを下りたことがそんなに嬉しいのか。

「この辺にしようかー、ソウル!」

民家も見えなくなって暫くして、ようやくコトネは足を止めた。そして手にはモンスターボール。二人で出かける約束というのはデートなんかじゃなく、いつだってこういうことだ。
強く吹き付ける風が、背中まで届くコトネの髪を攫っていく。ジーパンにスニーカーにダッフルコート、解かれた髪。大きな帽子以外はラフというより地味な出で立ちのコトネは、いつものコイツらしくなかった。だから何だという話だが。

「そういえば。私さ、チャンピオンやめたけどねー」
「……ああ」
「バトルが嫌いになったわけじゃないからねー!」

少し身構えていたオレは、予想外の発言に拍子抜けした。そして知ってる、と返せば、コトネは楽しそうに笑い出した。何年ライバルをやってると思ってるんだろうか、コイツは。

「チャンピオンをやってるとね、色々分かるんだ。卑怯なことは当然として、あれもこれもお手本にならないことは駄目」
「……」
「卑怯な方法も、楽なやり方も、乱暴なのも。チャンピオンらしくない、見本にならない戦い方をいっぱい知ることが出来た」

コトネはつらつらと話すと、左手を帽子のつばに掛けて被り直した。俯いたため表情を知ることは出来なかったが、声は依然として明るいままだった。

「そんな戦い方もしたくなっちゃったから。だからやめたんだー」

そしてオレは、やっと分かった。人目を避けるように冬の海を選んだのも、地味な服装をしているのも。後ろめたさからじゃなく、全てチャンピオンらしくない戦いをするため。

「こんな私にはがっかりした?」

顔を上げたコトネは、小首を傾げて楽しそうに笑っていた。疑ったわけじゃない。しかし、安堵したのも事実だった。

「別に。それにオレだっていくつかは知ってる」
「でも私がチャンピオンになってから、ソウルはそんなことしてないと思うけど」
「お前がしなかったからだ。出来ないわけじゃない」
「……へー。そっか。じゃあ待たせちゃったのかな?」

卑怯やズルいと言われる手段を、お前が知っててオレが知らないわけないだろうが。そう付け加えると、コトネは更に笑みを深くした。子どものように素直に楽しそうな、凶悪な顔は、確かにチャンピオンらしからぬものだ。
風は強さを増してきていて、もうじき日も暮れ始めるだろう。けれど寒いとか馬鹿げてるとか、そんなものはもうどうでもよくて。

「存分にやろうか」

かつて頂点を極めたトレーナーと、オレと、ポケモンと。今のオレの世界は、そんなもので構成されている。


end.




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