高校生×ラジオのDJ パロ
ソウル→コトネ、失恋


誰もが知っている大企業の父と、美しい母。この家に生まれたことは決して不幸ではないが、感謝したことは一度だってない。
家族が一同に食卓を囲むことなど殆どなく、あったとしてもそこに会話はない。両親と会話したのはいつぶりだったか思い出せないような、そんな家。

「もう、十二時か」

CMが開けて、女の声が次のラジオ番組が始まったことを知らせる。二時間も走らせ続けていたペンを置くと、どっと疲れが押し寄せてくる。
高校生には広すぎるだろうという自室は、人がまず立ち寄らない二階に置かれている。そこには家政婦たちがオレを恐れているという裏事情があるらしいが、まず暴力も暴言も何一つ働いた覚えはない。父と似た目つきの悪さが原因なのだろうが、まあそんな態度を取られるのも真面目に学校に通っていたおかげで慣れた。ただ深夜、部屋に広がる静寂は未だに気持ち悪く、誤魔化すためにラジオを流し続けていた。

『じゃあ、早速一曲目いってみましょう。本日最初の曲はペンネーム奏さんからのリクエスト!』

深夜だというのに、元気が有り余った女子高生のようなDJの声が部屋に響く。曲自体も、そのテンションに比例するよう。だが、それがけたたましいわけではない点が、歌手もDJもプロなんだなと思い知らされる。
この曲は嫌いじゃない。そう思ったころに音はフェードアウトしていき、告げられた歌手名は自分でも聞いたことのあるもので。一人きりの部屋で他人の声を聞きながら、オレはもう一度ペンを取った。

我が家は学歴絶対主義だった。
息子は一人しかいなかったものだから、その期待の全てが自分に向かうのは当然のことだろう。それらに応えるためではないが、オレは上位の成績をキープし続けた。努力を怠ったことはないと断言出来る。だけど。

「……っ」

返ってきた模試の結果に愕然とした。受験シーズンにはまだまだ早いのだが、だからこそ。この成績ではいけないし、両親に知られれば酷く叱られるのは目に見えている。いつも通り、あの二人が模試の存在を知らないことが救いだった。そして会社名かこの容姿ばかりに目がいく人間達に囲まれてきたオレには、こんな情けないことを話せる友人なんていないかった。
夕食も抜いてガキみたい、と嘲笑しながらも机の前に噛り付く。自分より優秀な人間に勝つ方法なんて、これしか分からなかった。
そして、気がつけば時計は十一時を差していた。体を解すために立ち上がると、微かな立ちくらみが襲う。
そのときのオレは、精神的にかなり疲弊したのだと思う。でなければ普段はこんなことをしない。勉強を中断して取り出したのは、あまり使うことのないノートパソコンだった。

『残すところあと十分。最後のリクエストに参りましょう!』

相変わらずテンションの高い声で告げられたのは、覚えのあるペンネーム。数学の問題を解く手が、自然と止まった。

『初めまして、こんばんは。このリスナーさんは高校生の方なんですね。若いなあ。勉強中ということはテストか何かかな? こんな時間まで偉い。無茶しないように頑張って下さいね。応援してますよー!』

こんなのただの営業文句だ、と分かっていても。

「……ああ」

リクエストしたのは以前、この番組で流れてきた曲。明るいイメージが強かったそれは、ちゃんと歌詞を聞いてみると失恋の曲なんだと分かった。
勉強する時間が惜しいというのに、その番組が終わるまで、手は動かない。珍しく表情が緩んでいたなんて気づかなかった。

一年と少しが経った。
あれから週に数回は、あのラジオにメールを送るようになった。ペンネームは初回のあのまま。それでもめったに読み上げられることがないから、名前を覚えてもらっているかどうかは分からない。
そして今オレが手にしているのは、第一志望校の合格通知。四月から通うことになる大学は、下宿しないと通うことが出来ない。ようやくこの家から離れられると思うと、両親に連絡するより先に、ノートパソコンに手が伸びた。彼女にメールが届かなくても構わなかった。

『この時期と言えば、バレンタインデー、ホワイトデーに、卒業と受験。早速お便りを紹介しましょう!』

呼ばれたのはオレの名前。もちろんペンネームだが、それでも。並べられる祝福の言葉に満たされた気持ちになった。

『ところで、このリスナーさんが合格された大学ですが、実は私の実家の近くなんです』

凄い偶然ですね、とはしゃぐ声に、心の中で知ってたけどなと返す。
ラジオを聞き始めて随分経つ。音楽に疎かったオレもこのラジオで流れる曲なら口ずさめるようになり、元気すぎるDJのことも少しずつ分かるようになった。生まれた地方とか、DJの癖に漢字が苦手なこととか、甘いものが好きなこととか、好きな歌手や趣味など。

『本当におめでとうございます!』

届かなくても構わないなんて、本当は思っていなかった。


それから早いもので、六年が経った。
自分で言うのもなんだが大学を優秀な成績で卒業し、家と何の関係もない大手の企業に就職した。当然父の関連の会社に就くよう何度も説得されたが、オレはそれを頑として拒否した。
住んでいるのは決して広くはない六畳一間で、もちろん家政婦もいない。最寄りのスーパーまでは自転車で二十分と便利ではないが、ここ以上に落ち着ける空間をオレは知らない。
入学式で話し掛けてきたお節介な奴のおかげと言うべきか、せいと言うべきか。高校までは必要性を感じなかった携帯電話を、必ず持ち歩くようになった。メモリーには高校時代のクラスメイトの名前が、新たに入ることになったのだから人生は分からない。
そして迎える、午前零時。何とか残業を終わらせて帰ってきたオレは、いつものようにラジオをつけた。

『ここからはDJコトネがお送りするーー』

最近隣に引っ越してきた大学生は、友達たちを家に連れてきて連日夜までうるさい。だが、静寂や喧騒を誤魔化すためにラジオを流しているのではない。
オレが大学一年になる年に、このDJは昼間のラジオ番組へと移動した。それが出世なのかオレには分からないが、学生からしたら不便な時間だと思った。それでもオレは、なるべくそのラジオを聞くよう心がけた。高校生のとき程ではないが、ペンネームを変えずにメールも送るようにした。覚えられているのかどうかは、未だに分からない。
一度だけ。とあるコンサートのDJを彼女がすると知って、足を運んだことがある。初めて直接見た彼女は思ったより小柄で、でも何が楽しいのがずっと笑っているのはラジオ越しの印象そのままだった。聞き慣れた声は、超満員の観客の中でもよく通る。なるべく会場全体に届けようとしているのは伝わったが、目が合うことはなかった。

『ここで、私事ですがちょっとお知らせがあります。といっても、ブログでは既に報告させて頂いてるのですが』

今年で二十五になるオレが高校生からDJをしていたということは、この人はそれなりの年齢で。あのブログを見る何年も前から、そんなことは分かっていた。だから落ち着いた心で、昨日のオレはメールを送った。
ただ、来るべきときが来ただけだ。

『この度、私は新たな家庭を持つこととなりました』

知ってた。届くはずもないのに思わず呟いてしまって、馬鹿じゃねぇのと思いながら、冷蔵庫に向かいビールを取り出す。
お祝いのメッセージも既にたくさん頂いております。そんな声を聞きながら缶を開ける。大勢の中に、オレも含まれてるんだろうなと思った。
DJが結婚しようと、そのラジオ番組に変更があるわけじゃない。祝福ムードがなくなった後はいつも通り進行していく。好きでもないくせに安売りしていたから買ってしまったビールは、二缶目に突入していた。おかげでほろ酔いだったが、その名前を聞き逃すことはなかった。
このDJだけが呼ぶ、オレの名前を。

『お祝いありがとうございます。そしてリクエストは……えーっ、この曲ですか! まあ私も大好きな一曲ですが』

そんな反応をさせるのは予想済み。というか今日に限っては、酷いリクエストをしてしまった自覚はあったので、読まれるとは思わなかった。あと、そんな言葉が続くことも。

『いつも聞いて下さってるリスナーさんからのリクエストなので、特別に。明るい失恋の曲です』

彼女は、覚えていたらしい。
その事実の衝撃にオレは動けない。自分でリクエストした曲は、殆ど耳に入らないまま部屋へと消えていく。
初めてリクエストした、あの曲が。

「……知ってたのか」

今日じゃなかったら、多分嬉しかった。そう思うと自然に涙が溢れてくる。ビールのせいと誤魔化せる程幼くもなければ、この気持ちは軽いものでもなかった。
六年間、つまりオレが生まれてから四分の一の時間。明るく元気で時には優しく、時にはふざけて、そうやって支えられていた。それは勘違いも甚だしい一方通行だったけど、仕事以外の貴女を知ることはなかったけれど。
それでも、ずっと。大好きだった。

彼女の声がいくら響こうと、この部屋にいるのは自分一人。おかげでこんな情けない姿を見せずに済む。
滲んだ景色を見ながら、オレはそんなことを考えた。


end.




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