「ごめん。長い間寝ちゃってたね」

眠りから覚めると、もう日が沈みかける時間だった。
見慣れない壁紙と家具を目にし、ようやく私は覚醒する。体を起こしながら声を掛けると、隣のベッドでノートと睨めっこしていた彼が顔を上げた。

「でも、起きるまで待っててくれてるとは思わなかった」
「邪魔か?」

ソウルの冗談めかした口ぶりに、そういう意味じゃないと首を横に振る。小さく笑ってノートを閉じる彼は、何やら機嫌がいいらしい。
水でも飲もうと完全にベッドから出れば、昼間よりずっと体が軽くなっていることに気づいた。寝不足のつもりはなかったが、疲れが溜まっていたのかもしれない。

「今日は泊まるつもりか?」
「ここに? あー、どうしよっか」

冷蔵庫から取り出したペットボトルを手にしたまま、私は再びベッドへと腰掛ける。部屋を借りたのはシャワーのためだったけれど、既に薄暗い外に出るのは得策ではないだろう。

「うん、そうしようかな。ソウルも一緒に泊まって、恋ばなとかしちゃう?」
「お前」
「……あ」

こちらもただの冗談のつもりだったが、指を差すソウルは至って真面目な顔をしていた。そういえば彼は、私をそういう対象として。

「忘れてただろ」
「覚えてはいたけど……というか本気だったんだ」
「一応な」
「……ちょっと趣味悪くない?」

覚えていたというのは半分嘘で、忘れたかったけどしっかり覚えてしまってるが正しい。
数年前からライバルではあったけど、つれない態度をとり続ける人間が、分かりやすい形で好意を示してきて。軽口ならいくらでも叩ける私だって、少なからず戸惑っているのだ。

「答えは、って聞きはしねぇけど。……今はな」
「そんなの聞かれたって。困るよ」
「困る?」
「だって」

ソウルを異性として捉えたことは、ほとんどない。しかし答えを口にすることで、私やソウルが変わってしまうのは避けたかった。
レッドさんとの関係を絶った今、ライバルの彼の存在がどれ程有り難いものかも分かっているから、尚のこと。
なかなか上手く次の言葉を紡げないでいる私と、返答を待つソウル。物音すらしない沈黙を破ったのは、彼の小さな笑い声だった。

「何ビビってるんだ、コトネ」

目は細められ、口角は確かに弧を描いている。初めて目にした、嘲笑うでも苦笑するでもない彼の笑みは、年相応で実に綺麗だった。
一体彼はどうしたと言うのか。ソウルは、呆気に取られている私をじっと見つめたのち、緩慢な瞬きを一つ。再び目を開いた彼は、まるで別人のようだった。

「やっぱり、欲しい」

堪えきれないとばかりに吐き出されたのは、笑っているせいで僅かに跳ねつつも、どこか艶っぽい声。ぞくりと背筋が震えると同時に、私の迷いなど無意味だったことを悟った。
この言葉はおそらく、彼の何よりの本音だ。

「……応えられないよ?」
「前から知ってる」

前っていつ、と尋ねる程野暮でも鈍くもない。何より、聞いてしまったらもう受け止められなくなってしまうから。
今まで通りの関係でいようと思っているのは自分だけだ。そう分からせるだけの何かが、あの三文字にはこめられていた。以前の告白だって、私を説得するためのただの手段に過ぎなかったのだろう。

「まあ暫くは、ただのライバルでいてやるよ」

本当かなあ。あまり信用ならない台詞に頷く気にはなれず、代わりにベッドへと倒れ込む。
少なくとも、肌触りのいいシーツだけは私の味方のようだった。

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