(悲恋、というか失恋。Nがヤンデレです)




「もう会うことはないだろうけれど」

幸せになってね。その言葉を、キミは一体どんな気持ちで口にしたのか。
ぐるぐるぐるぐる。同じことを考えて、これで一体何度目になるだろう。ミルクと砂糖を多目にした珈琲で、眠れない夜を誤魔化すのにも慣れた。

「……はあ」

溜息をつけば幸せは逃げていくらしいけれど。そんなもの、この手にあと幾つ残っているのか。何気なしに見上げた天井は眩しすぎて、すぐに目を逸らしてしまった。

ようやく会えた。初めて手放したのはボクだった癖に、再び視界にキミをいれたときそう思った。同時にずっと側にいて欲しいとも思った。それがいけなかったのだろうか。
ズルい手も使った。酷いことも言った。もちろんそれ以上に愛を与えたつもりではいたんだけど、彼女が浮かない顔をすることが日に日に増えていった。キミが離れていってしまいそうで怖くて、そして悪循環。キミの笑顔を見たのはいつだったか、思い出せない程になっていた。
ところで、彼女は昔から弱くない女性だ。怖がりで女の人らしい面もたくさんあるが、いざというときは行動派で、そんなところが彼女のいちばんの魅力なんだと思う。
そして彼女は。とてもかっこよく、美しく。ボクの前から去っていった。

「大切だった、だけなんだ」

一人になって、どれだけ彼女を傷つけたかに気づいて。そんな哀れな男の懺悔など、耳を傾けるものは誰もいない。そしてそんな価値もない。
幸せになってね、と告げたときの彼女の声はいつになっても離れない。代わりに、あの時どんな表情を彼女がしていたのかが思い出せないようになっていた。笑っていたのか、泣いていたのか、呆れていたのか、怒っていたのか、それとも。

「罰なのかな」

キミのことは何一つ忘れたくなかったのに。終わることのない考えを中断させるために、冷え切った珈琲を口に含んだ。溶け切らなかった砂糖が舌をなぞり、顔を顰める。全く飲めたもんじゃない。そう思いながらもカップの中身を空にして、流しに向かう。
視界に入った二つ並んだコップは、相変わらずそこにあるだけだった。
リビングに戻ると、カーテンの隙間から淡い光が差し込んでいた。また眠れなかったまま一日を迎えるのか、と憂鬱な気分になる。
ここでボクは何時もと違う行動を取った。普段ならただカーテンを開けるだけなのだが、今日のボクは窓を開け、ベランダへと降り立った。何故と言われても答えられない。分からない。だから。
彼女が隣にいたときと、全く同じ顔を見せる朝日にこみ上げる感情も、分からないでいいだろうか。

「……久しぶりに見た気がする」

思わずそう吐き出した口の中は、以前として気持ち悪い程甘ったるい。朝日と言えど、それが照明とは全く質の違う明かりであるとしても、ずっと眺めておくのは厳しい。大きく伸びをして、そしてボクは室内へ戻った。

「あの珈琲、本当に不味かったなあ」

そんな愚痴と共に、気がつけば笑っていた。何がおかしいのかずっと笑っていたが、それを咎める人もここにはいない。こんなに笑ったのはいつぶりだろう、と思ったが直ぐに考えることを止めた。
不味い。そんな風に、当然のことを何気なく口に出来ることが、そんな単純なことが幸せだと思った。そして、この気持ちをボクの長ったらしい思考で遮るのは、とても勿体無いことのように感じた。
幸せになってね。キミは確かにそう言った。


end.

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一応話のBGMはアカツキの詩でした。爽やかヤンデレっぽい曲だとノリノリで書いたはいいですが……あれ?
鬱々としたNが楽しすぎて困りました。

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