09/16(04:28)



「一夏の恋なんてどう?」

平均的な顔立ちなのにキザな台詞が似合う同級生は彼くらい。先生達には見せられない写真をチラつかせられ、その日の内に身を曝け出すような関係を恋と呼ぶことになった。

今日も一人暮らしの彼の家で、蝉が最も煩い時間帯に起床する。トレードマークだった真面目眼鏡は、彼の萎える発言によりコンタクトに変わった。

「ん、おはよ」

彼は後ろから抱きつくのが好きらしい。寝起き特有の掠れた声も、少し汗ばむ細身の体も、今となっては心地良い。脅されるようにして始まった関係だが、意外にも何かを強要されたことはなかった。
この日までは。

「赤のペディキュアと薄化粧、下着は白、髪は解いてうつ伏せになって?」

彼は何時もよりも興奮した様子で、私を「ゆりちゃん」と呼んだ。

眠りから覚めると眉をハの字にした彼と目が合った。怒られた犬みたいでちょっと可愛い。

「ゆりちゃんって、数学担当の由梨先生?新婚の?」
「……大当たり」

さすがに今日は後ろから抱きつかれることもなくて、私には好都合だった。カレンダーが示す八月三十一日の文字。 赤のペディキュアをして薄化粧で髪は解いて真っ白な下着姿のまま尋ねた。

「延長してみる?」
「……いや、無理でしょ」

彼は私に微笑んだ。胸には高校生らしくないネックレス。そして手には、あの時見せられた写真。ズルいのは私一人だった。

「ごめんね」

私と彼を繋ぎ止めていた唯一のものは、残骸と化した。

「……戸棚の薄桃色のマグカップ、お風呂場の赤いシャンプー、リビングのカーテン、玄関の人形、あとそのネックレス」
「あ。ばれてた」

はにかむ彼にキザな台詞は似合いそうにない。ペディキュアと化粧を落として、髪は三つ編みにして真面目そうな眼鏡をかける。

「明日学校でね」

帰ったら美容院を予約して、シャンプーの銘柄も変えよう。一人きりの帰り道は少し滲んでいた。

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