中編 | ナノ






03


 テキパキと、なんとも素早く課された仕事をこなしていくアンネにクルーたちは呆気にとられるばかりだった。それどころか、そもそも何故自分たちが率先して請け負った仕事をアンネに手伝わせているのかと自責の念にかられる者もあった。それほどまでにアンネは仕事が早い。それなのになんの見返りも求めず、少しは休んだらいいと言えば、みんなの役に立ちたいのといつも一番にクルーの事を考えている。こんないい女、アンネ以外にどこに存在するだろうか。それはきっといないだろう。いや、もしかしたらアンネの生まれ故郷だという遠い西の孤島にはいるかもしれない。そんな議論が酒の肴になることはこの潜水艦にはよくあることだ。ともかく結論は、こんなにいい女と恋仲にある船長のローを羨むばかりなのだ。
 結局クルーたちの請け負った仕事は、大工仕事以外、概ねアンネが3分の1ほど片付けて一件落着し、無事、ログがたまり切る5時間よりも前に島を出航することができた。
 その夜、今までこんなにも精を出して雑用をしたことがあったものかということで、クルー達曰く、その栄光を祝して宴が行われた。

「アンネ゛〜…!!」

「はいはいロベルトさん、聞こえてますよ。」

 このロベルトという男は大柄な体格で歳は30代後半、身長はアンネの2倍近くある。アンネ自身もともとそこまで大きくないが少なくとも平均よりは上の身長である。ゴツゴツと隆起した筋肉にはこれまでの激しい戦いを物語る、荒々しい傷跡が無数に刻まれていた。精悍な顔立ちで、それに似つかず笑うとくしゃりとしわを寄せた優しい笑顔を持った男だった。アンネに想いを寄せる者の熱狂的な一人だ。

「好きだァ!アンネ゛〜…愛しでるぅ…!」

 完全に酔いつぶれてカウンターに突っ伏しながらそれでも右手の酒ははなさずに、もう一時間はアンネへの愛を叫び続けている。
 アンネはというと、そんな長々しく気怠い告白にも飽きることなく、「私もですよ。ロベルトさん。」とにこにこしながら介抱している。
 毎回の宴の度にこんなことを繰り返しているロベルトとアンネのこの会話はもう恒例行事になっていた。
 そんな二人を見ても面白くないのはいわゆる#アンネラバーズ男たちである。

「全くロベルトさんは、毎度毎度羨ましい限りだぜ…。」

そう陰口、しかし丸聞こえなのだが、そんなことを叩く者も少なくない。結局その終着点はというと”飲み始めて10分で酔い潰れてよりはいい”に行き着くのだ。
 しかも、酔うとその時に起こった出来事を、眠りから覚めた時に全て忘れてしまっている。というのも、まったく哀れなことだった。ロベルトは今でもアンネに自分の気持ちを隠しているつもりでいる。
 「しっかし。」ロベルトの後ろのテーブルに座っていた金髪でそばかすのある、まだあどけなさの残る顔立ちをした少年、ジュデアが始めた。くりっとまんまるい緑の瞳を持った、無邪気な少年だ。

「キャプテンはいいよなー、あんなにいい女が自分の彼女で。」

ジュデアはアンネの後ろ姿を見ながら言った。

「おっまえ、なんだ偉そ〜にっ…!」

すかさず向かいに座っていた30代前半くらいの短いあごひげを持った男ゼウィスがジュデアのオデコをこつんと小突く。髪をオールバックにセットしたダンディな男だ。何かと頼りになるこの男に、アンネは絶対的な信頼を寄せていた。

「いってーっ!なんだよお前もそう思うだろう?!」

ゼウィスに小突かれたジュデアは不服そうに小突かれた場所をさすりながら言った。そして小さく、「ったくすぐに手出すよ。大人気ねぇ」と続けた。

「丸聞こえだってーの。」

ぜウィスは酒の入ったグラスを回しながら言った。グラスの中に入れられた氷がカラカラと涼し気な音を反響させる。

「まぁそうだな。こんなにいい女他にいねぇわな。」

言い終わりにごくごくと喉を鳴らしてグラスに残っていた酒を飲み干し、ぷはーっと気持ちのいい飲みっぷりを見せた。

「二人共、あの…。」

そう言いながらカウンターで未だロベルトと座っていたアンネが振り返った。

「ん、なんだ?」

「どうした?アンネ。」

すぐさまテーブルに座っていたジュデアとゼウィスがアンネの顔を見た。

「いえ、どうしたってわけではないんですけどっ…。」

両手を胸の前で小さく振りながら、アンネは向けられる視線を避けるように言った。

「お気持ちは嬉しいんですけど、そんなに褒めないでください。」

アンネは少し居心地悪そうに言った。なにせジュデアとゼウィスの話は背中越しに聞こえていたのだ。居心地が悪いのも仕方がない。

「なんでだよ、本当の事を言ったまでじゃん。」
ジュデア頭の後ろに手を組んで得意そうに言った。は続けて「ホント、キャプテンのどこがいいんだよ。」と不平を漏らしている。

「お前は俺たちの女神のようなもんなんだよ。」

代わってゼウィスはにっこりと優しい笑みをこぼしている。

「は、恥ずかしいです…。」

アンネは真っ赤になってうつむいた。
 ましてやこの二人の会話は周りのクルー達に伝染して、宴のほとんどがアンネの良さについて語り合う形になっている。意識をしていずともアンネという自分の名を呼ぶクルー達の声は嫌でも鼓膜を震わせる。それはアンネの顔をさらに赤くし、可愛らしい耳さえも赤く色付けた。
 この潜水艦のアンネ人気は凄まじいものだ。とにかく右も左も打ち合わせたかのような一体感が生まれている。これではさすがにいたたまれない、そう思ったぜウィスはアンネに助け船を出した。

「そういやアンネ、ロベルトが寝ちまってるみたいだか、部屋まで運んでやるのか?」

それを聞いたアンネはガタッと勢いよく席を立ち、ロベルトをさすり起こそうとした。もちろん酔い潰れたロベルトはなかなか起きない。しかし何年同じ潜水艦でともに旅をしてきたことか、こんな時の対処法なんて、特にロベルトの場合はクルーなら誰だって知っている。

「ロベルトさん、起きてください。アンネですよ。」

「おいロベルトさん、アンネですよー!」

「ロベルト、アンネが部屋まで送ってくれるとさ。」

すると、―――パチ。ロベルトの目が開いた。
 ゼウィスとジュデアは大爆笑だ。アンネですらクスクス笑っている。


 ともかく無事目を覚ましたロベルトは酔い潰れたせいでふらつく足を、背中に添えられたアンネの腕に支えられながら、自分の寝室へと向かった。




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