中編 | ナノ






02


 今日は忙しい。船が停泊した春島の穏やかな気候とは裏腹に、ハートの海賊団のクルーたちは安らぐことはなかった。
 なにせ彼らにはやらなければならないことが山積みだったからだ。甲板掃除、前回の戦闘で応急処置しかしていない船体の修理、今回の長い航海の末の溜まったゴミだし、節水だとサボりまくっていた大量の洗濯物の片付け、その他にも実に様々に、実に沢山あった。
 この島のログは5時間で貯まる。しかしこの島はハートの海賊団の偉大なる航路の路には入らない、たまたま通りかこの島。この島に5時間以上いることはできないのだ。故にクルーたちは5時間以内にこの膨大な仕事をこなさなければならないのだ。

「5時間は無茶だろー…。」

シャチは甲板の上で顔を覆って不平を吐いた。大きなキャスケットと三角のサングラスをした男だ。今日の柔らかい太陽でさえもそれさえも拒むようにシャチの三角のサングラスは反射して白く輝いた

「もう5時間もない。」

ペンギンはぼそっとつぶやくように言いながら、島に降り立った。真ん中に『PENGUIN』とかかれた変わった帽子を深くかぶっている。
 シャチとペンギンは洗濯物担当になった。目の前に節水を理由にサボりまくってきた洗濯物が目の前そびえ立ち、丘を形成している。クルーたちの汗と涙の結晶か、その異臭が鼻の奥をグサリと刺激する。
 ペンギンのあとから島に降り立ったシャチも、漂う異臭にまゆを潜め、鼻をおおった。

「おえっ…。」

 さて、どうしようか。ペンギンは腕を組み、仁王立ちになって考えた。
 こんなに大量の汚れ物がこの潜水艦のどこに隠されていたのか。個々の力の結集の大きさをシャチは思い知った。
 面白いことは、この異臭の根源がほとんどハートの海賊団クルーお揃いのもともとは白かったつなぎからしているということである。お揃いのひとつやふたつ、誰かが持っていても何ら不思議ではないがここまで洗礼されていると、さすがにたたえるべき要素がある。これがハートの海賊団の象徴。これこそがクルーたちの団結力の強さ。船長、トラファルガー・ローへの忠誠なのである。
 しかしそれとこれとは話は別で、この山積みの汚物を一刻も早く二人で片付けなくてはいけない。ペンギンは一つ大きなため息をついた。

「考えていても仕方がない。」

ペンギンは口で息をするように善処し、汚物の一つを手に取り、用意されていたタライと洗濯板で洗い始めた。汚れがこびりついているせいか、洗剤を使ってもなかなか綺麗にならない。水はどんどん汚れていく。

「はぁ、しょうがねーなー全く…。」

顔を歪めていたシャチもペンギンに続いても洗濯を開始した。
 船を修理している金槌の音、洗濯板とたらいが擦れる音、ゴミや不要なものを船から下ろす音、モップをかける音、不平を吐く声。いつも賑やかなハートの海賊団の潜水艦は今日も賑やかに響いている。
 3時間がたち、山のようにあったあの洗濯物も残りわずかとなった。

「割と早かったな…ふっ!」

「ああ、俺たち、よく頑張ったよな…おりゃっ!」

ペンギンとシャチは汗と水と洗剤で全身をびしょ濡れにしながら、見えてきたゴールに口元を緩めた。
 こんなに大変なことはここしばらくあっただろうか。きっとこの間の海軍よりも厄介な相手だなとシャチは思った。
 するとペンギンはふっと動かしていた手を止め、ずっと考えていた疑問を投げかけた。

「そういえばシャチ、お前よくタライと洗濯板の場所がわかったな。いつも何もしないくせに。」

 シャチは手を止めキョトンとした顔でペンギンを見て言った。

「は?んなもんしらねーよ。ペンギンが用意したのかと思った。」

「いや、おれも違う。」

 ペンギンとシャチが船から降り立ったとき、そこには山積みの洗濯物とたらいと洗濯板、そして洗剤がしっかりと用意されていた。
  二人は何も考えずにそれを使ったが、誰かが用意したとしても、そんなに気が利くような連中がこの船にいるとは思えない。

「というかまず誰がこの洗濯物を用意したんだ?」

ペンギンは考え込むように漏らした。

「そんなのみんなで…。」

「船長が命令していないのに連中が一ヶ所に物を集められると思うか?」

二人の顔には、はて?と疑問の色が広がった。きっとそれはできないだろう。かろうじてペンギンとシャチの言うことは聞くが、二人はそんなことを指示した覚えはない。

「つーかさ、ここにあった洗濯物ってこんなに少なかったっけか?」

シャチは立ち上がり、先程まで丘を形成していた汚物と綺麗になったそれを眺めながら言った。今はもうほとんど平らになるほどだ。

「ああ、俺もそう思ってた。」

ペンギンも言いながら立ち上がり、ぼうっとそれを眺めた。
 ふと右てを見ればこの3時間ばかりペンギンとシャチが洗ったであろうつなぎやタオルがいくつものたらいに山積みになってるなっている。このたらいを見る限り、元あったその丘の3分の1も無いだろう。
 ペンギンはもう一度汚物の丘を見た。
 ごし、ごし、耳の奥に聞こえるのは3時間止まずに聞き続けていた音。
 ごし、ごし、とうとう幻聴が聞こえるまでになったのか、立ちくらみか、脳がぼうっとする。
 ごし、ごし、ごし。
 その音がまるでそこに存在していて自分の耳に吸い込まれているようにペンギンには聞こえた。しかし幻聴とはここまで鮮明なものか。音に耳を済ませながらペンギンは思った。だんだんと立ちくらみがなおるにつれ、幻聴と思い込んでいた意識が確信へと変わった。
 ペンギンはバッと勢いよく後ろを見た。

「……!?…お前。」

 シャチも同じように振り返る。
 そこにはつい3時間前に街へ出て行ったはずのアンネの姿があった。送られる視線に気づいていないのか、アンネは黙々と作業を続けている。その後ろにはシャチとペンギンが3時間かけて積み上げられた以上の洗濯物が積まれている。

「おいアンネ!!」

シャチは声を大にしてアンネを呼んだ。

「はっはい!!!」

アンネは立ち上がり、気をつけをしてペンギンとシャチを見やった。
勢いよく立ち上がったせいか、髪の毛が荒れ放題だ。

「…お前、いつからここにいたんだ?」

沈黙のあと、ペンギンは静かに聞いた。
 出かけたにしては早すぎる。大体いつからここにいたのか。

「えっと…、一時間くらい前…だったでしょうか…?」

アンネはうつむき、申し訳なさそうに言った。
 一時間前といえば、シャチとペンギンが黙々と洗濯物を片付けたいた時だ。相当真剣に取り組んでいたのであろうシャチとペンギンは、アンネが帰ってきたのに全く気が付かなかったらしい。
「でもお前、なんで…。」

ペンギンが半ば脱力したかのように漏らした。
 するとアンネは顔を上げ、うきうきした顔で言った。

「私、みんなで遊びに行きたいの!!」




 アンネの助力もあって、その大量の洗濯物はまもなく終わった。
 疲れたと脱力するペンギンとシャチをよそに、アンネはすぐさま他の仕事へと向かった。




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