余裕なんかなくていい | ナノ


たった一年、されど一年、一年しか違わないというのに、圧倒的に、完膚無きまでに私の前に立ちはだかるあの人は、そのたった一年を実際よりも遥か大きいもののように感じさせるのだ。
悔しい、寂しい、そんなことを思っていることを悟られてなるものかと必死で自分の感情をひた隠しにして余裕ぶって見せてる私のことなんて、貴方は知りもしないんでしょう。


今日も今日とて相も変わらず熱心に鍛錬をする潮江先輩をぼんやりと見つめる。
まるで馬鹿の一つ覚えみたいに毎日毎日鍛錬を続けて、そんな一途なところが好きですよ、だなんて伝えたことはないけれど。
貴方に素直に想いを伝えることが出来ない、貴方の前に立つと心の臓が爆発しそうになって、余裕なんて欠片もないんです、そう言ったら忍がどうのという常套句付きで説教されそうだ。
そんなことをつらつらと思いながらもう一度潮江先輩へ目を向けると視線が絡み合う。誰と?潮江先輩と。
なんで、どうして気付かれたんだ、疑問符で埋め尽くされた頭の中がぐちゃぐちゃになって、気付いた時には潮江先輩に背を向けて逃げていた。

一度逃げ出してしまうとその後向き合うのが難しかった。
情けない自分を見られることが恥ずかしいというのもあるが、潮江先輩に呆れられることが何より嫌だった。
潮江先輩に見つからないように逃げて、隠れて、あれ私今ギンギンに忍者してる?だなんて馬鹿なことを考える余裕が出来た頃、信じられないものを見た。
力なく地に伏せている潮江先輩、ピクリともしない指先のそばには直前まで使っていたのだろう苦無が落ちている。
寝ているだけであってほしいがあの様子じゃそういうわけではなさそうだ、と結論を出した途端、体が勝手に動いていた。
潮江先輩に駆け寄りぐったりとした体を抱き上げ揺り動かす。
「潮江先輩!!どうしたんです!?」
体温を測ろうと潮江先輩の頬にあてようとした手を意識がないと思っていたその潮江先輩に掴まれた。
しっかりと目を開けニヤリと笑う潮江先輩に騙されたのだと気付く。
「ようやく捕まえたぞ鉢屋てめえ、なんで俺から逃げ回ってた?」
いきなり確信をつく質問に顔が引きつるのを感じる。
どうにかして誤魔化せないかと考えるがこちらを射るような眼差しに、そんなことは不可能だと思い知らされた。
「なあ、鉢屋。」
子どもを咎めるような声色に、自分の中で何かが弾けた気がした。
「逃げなきゃやってらんないんですよ!!!」
潮江先輩が目を見開くが言ってしまえばもう止まらない。
「あんた知らないだろ!!私がどんなにあんたが好きか、知らないだろ!!あんたの前に立つと頭ん中が真っ白になって、もう何を言えば、何をすればいいかわからないんだよ!!!あんたと違って、余裕なんかありゃしないんだ!!!」
胸の内を全て吐露した私を潮江先輩は黙って見つめていた。
「…何か、言ってくださいよ…」
そう言って潮江先輩を伺い見れば、ああ、これは、なんて愛しいんだろうか。
「潮江先輩、耳まで真っ赤ですよ」
そう言ってやれば消え入りそうな声で馬鹿たれと呟いた。


つまるところ私とあの人は似た者同士で、お互いに見栄を張ってかっこつけてただけの事だった。
顔を真っ赤にした潮江先輩が可愛くて、一年なんて差、そこまで大きくないとほくそ笑んで腕の中の潮江先輩にそのまま口付けた。


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フォロワーのまっちゅんに捧げた鉢文小説。鉢文なんです。


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