季次様へお誕生日プレゼント



白粉を叩き目尻に少し紅をさし整えた眉に墨を入れる。このままでは娘と言うには少しばかり血色が良くないので頬にも紅を。最後に唇に紅を塗れば完璧であるが、その前に鏡で自分の姿を確認してみる。
作法委員長である仙蔵に教えてもらったためか、自ら施したそれは以前の出来とは比べものにならないほどだった。これならば「お嬢さん」と呼ばれても納得がいく。
さすが仙蔵だな、なんてぼんやりと考えていると後ろから声をかけられる。
「なかなかの出来じゃないか、文次郎。私が教えた通りに出来たようだな。」
「仙蔵か。ああ、お前のおかげでな。感謝する。」
「なに、気にするな。今度団子でも奢ってくれればそれでいい。」
「結局見返り要求するんじゃねえか…いいけどよ。」
相変わらずの仙蔵に苦笑しつつ最後の仕上げをしようと紅を手に取ると、それを仙蔵に取り上げられる。
「どれ、私が塗ってやろう。」
半ば強引に紅を取った仙蔵の指が唇をなぞる。
完璧だ、と笑う仙蔵に礼を言い出かけるために腰を上げる。
今日女装をしているのは実習のためで、籤で決まった相手と恋仲の振りをして町に出かけ、バレずに帰ってくるというものだ。
「それじゃ、行ってくるな。」
「ああ…文次郎、気を付けてな。」
少し含んだように笑う仙蔵を不思議に思いつつ相手が待っているであろう門へと向かう。
案の定先に来て待っていた様子の相手に後ろから声をかける。
「待たせちまって悪いな、留三郎。」
「遅えよお前どんだけ待ったと思って…」
文句を言いながら振り向いた留三郎の動きが止まる。目を見開きぱくぱくと口を開閉する留三郎に、どこか可笑しいところでもあるのだろうかと不安を覚える。
「も、文次ろ「外出するなら出門表にサインしてね〜。あれ、もしかして潮江君?全然わからなかったよ、すごく似合ってるね〜!」
「あ、ありがとうございます…」
留三郎の台詞はいつものようにサインを強請る小松田さんに妨害され聞き取ることは出来なかった。

町までの道のりで留三郎がこちらを見ることはなく、やはり俺には女装は全く似合わないんだろうなとどこか悲しい気分になる。
町に着いても俺たちの間に会話はなく、これじゃあ実習どころの話じゃない。意を決して留三郎に声をかけようとすると、慌てたように目の前にある茶店に入ろうと腕を引っ張られる。
なんだ、そんなに俺の女装が嫌なのか。
無理やり連れ込まれた茶店で留三郎は団子やら何やらを適当に注文している。やはり俺のことを見ようとはしない。この気まずい空気を壊すように注文したものが運ばれてくる。茶店の店員は花が咲くように笑う可愛らしい娘だった。
「…可愛い、娘だな。俺なんかと違って…」
思わず、そんな言葉が零れ落ちる。
「そっ…そうだよなーやっぱ女はああじゃないとなー!」
やっとこっちを向いたと思ったのに、留三郎が放った言葉は胸を抉った。
「そう…だな…。…悪い…俺、帰る…。」
これ以上悲しい思いをしたくはない一心でその場から走り去る。 走って走って、留三郎が追いかけてこないのを感じて、息を整えるために立ち止まる。
「追いかけても来ないのか…」
自嘲気味にそう呟き、本当に帰ってしまおうと足を踏み出したその時、誰かに腕を掴まれた。
留三郎かと思い振り返った俺の目の前にいたのは、下卑た笑いを顔に貼り付けたいかにもな男だった。
ああ面倒なことになったと思いつつ、今の格好を考えると乱暴に振り解くことも出来ずにさてどうしたものかと考えを巡らす。
しつこく誘うその男にいよいよもって実力行使か、と思った瞬間男の腕をまた別の腕がぎりりと掴んだ。
「お前、俺の女に何してんだよ。」
元々鋭い目を更に鋭くして相手を睨みつけると、その男はひっと短い悲鳴をあげて一目散に逃げていった。留三郎は俺の方を向くと肩を掴み声を荒げる。
「おい文次郎!勝手に走って行くんじゃねえよ!!」
「なんだよそれ…お前には関係ないだろ…!」
「あるに決まってんだろ!!さっきみたいなことがあったらどうするんだよ!!」
「あんなことそうそう起きてたまるか!お前が言ったみたいに俺は可愛くないからな!!」
そう言い返すと留三郎は黙り込んでしまった。自分で言ったことに自分で傷つくなんてとんだお笑い草だ。じわりと涙が滲んでくるのを頭の端で感じた。
「し、仕方ないだろ…!お、お前が、思ってたよりずっと可愛かったんだよ!!」
「は…」
衝撃で見開いた目からころり、と涙が落ちる。
「何なんだよ畜生…小松田さんに先越されるし、直視出来ねえし、お前可愛いし…」
つまり…は、そういうことで。
「泣くなよ、文次郎…お前は世界で一等可愛いよ。」
その言葉と同時に目尻にちゅう、と吸い付かれる。
「お前は俺の女装嫌なのかと思った…」
「そんなわけないだろ…俺以外には見せてほしくないくらいだ。」
装いと共に心まで女になってしまったとでも言うのだろうか、こんな言葉が嬉しい、だなんて。
文次郎、と名前を呼ばれ顔を上げると今度は唇に吸い付かれる。 「文次郎、もっとよく見せてくれよ…」
熱を孕んだ留三郎の瞳に、仙蔵からの忠告を思い出したが時すでに遅し。人気がないのを良いことに、思う存分お互いを堪能し続けたのは言うまでもない。
その後、実習のことをすっかり忘れていたために大慌てで町へ戻るはめになるのはまた別の話。


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季次ちゃんリクエストで女装文次郎にどぎまぎする留三郎で最終的にいちゃもんでした!
いやはや…書くの楽しかった…。ね。
季次ちゃんがこのようなもので満足してくださるかはわからぬが…愛は、込めた。


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