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“逢いたい”とだけ書かれた絵馬を見るなり、居ても立ってもいられなくなった俺は、大急ぎで通天閣を下りると、とにかくいろんな場所を走り回った。
新大阪駅や難波の繁華街。
花月や大阪城。
電車使うて梅田に行ったりもした。
夕妃が大阪に居るんなら、何としてでも逢いたい気持ちで一杯やった。
観光名所だけやのうて、大阪で暮らす女の子に人気のスポット、更には四天宝寺や映画館、彼女との思い出が詰まる場所にももう一度足を運んでみるものの、一向に彼女らしい人には出会わへん。
もうこの街を離れてしもたんやろか。
あの絵馬がいつ書かれたもんかも判らへんのに、必死になっていた自分が滑稽に思えて乾いた笑いが漏れる。
もう、帰ろうか。
そう思て傾きかけた太陽を見上げた瞬間。
『蔵くんなら大丈夫や』
夕妃の声が響いた気がした。
同時に、まだ行ってへん場所があったんに気がついた。
他のどんな場所よりも彼女との思い出が溢れとって、それゆえに彼女がいなくなってからは1度も訪れたことがない場所。
今も残されとるんかどうかも判らない、2人だけの秘密の場所。
あの場所から見える景色が1番綺麗になるんは夕暮れ時。
その時間に間に合えば、彼女に逢えるような気がして。
疲労を訴える足を叱咤して、俺はその場所へ向かって駆け出した。
***
そこは彼女に俺の想いを伝えた場所やった。
お互いの帰路から少し外れた場所にある高台の公園。
夕焼けが1番綺麗に見えたその日に、俺たちは恋人同士になった。
それからも、ことあるごとに俺たちはその場所を訪れた。
せやから、恥ずかしかったり嬉しかったり色んな思い出がそこにはある。
例えば、試合で負けたことに悔し涙を流す彼女を励ましたり。
反対に俺が励まされたり。
『“次があるやろ?”っていっつも言ってくれるんは蔵くんやない』
秋の終わり。
校内ランキングで2年の先輩に僅差で敗れ、団体戦のレギュラーを逃した俺に夕妃がかけてくれた言葉。
『いつもみたいに一緒に練習しよ?それで次勝てばいいんよ』
彼女に励まされても自信を失ったままやった俺の手を握って、
『蔵くんなら大丈夫や。絶対勝てる』
一緒に練習してきたウチが言うんやから間違いないと、自信満々に言い切る夕妃に、俺はものすごく救われた。
そんな少し青臭い思い出がある場所でもあれば、初めてキスした場所でもあったり。
「あった……」
記憶の中とほぼ変わらぬ姿でその公園は残されとった。
どうか夕妃に逢えますように。
鞄の中にしまいこんだ神さんにもう1度強く願って、公園の奥にある雑木林を通り抜けると、そこには先客がおった。
後ろ姿やけど、服装とかで俺と同い年くらいやと思われる女の子。
もしかして。
期待を高めた俺の耳に飛び込んで来たのは。
「逢いたいよぉ……っ、蔵くん……!」
「夕妃っ!」
彼女の叫びを聞いた瞬間、俺は考えるよりも先に駆け出しとった。
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