×四月一日



春休み最後の休日だというのに、テニス部の部室は今日も今日とてかしましい。

「名前ーっ、大変や大変やっ!」
「どしたの、金ちゃん?」
「大阪の街からタコ焼きが消えてもうてんっ! ワイこれからおやつの時間何食うたらええのん?」

と、半泣きになりながら部室にかけこんでくる金ちゃんを宥めていると、隣にいた蔵ノ介が大きく溜息。

「財前」
「なんすか?」
「金ちゃんにエイプリルフール仕掛けんのやめや。後が大変なるんやから」

どうせ、LINEかなんかしたんやろ、という蔵ノ介の指摘に、大きな舌打ちを返す財前くん。

「やってこうでもせんと、また休憩時間タコ焼きでるやろ。ええ加減善哉にかえてほしいわ」

相変わらずおやつのメインメニュー争奪戦繰り広げてたのか、この2人。

でも、確かに最近タコ焼きばっか買ってたかも。
中学の卒業式が終わってから高校の練習に顔出すようになった金ちゃんを優遇しすぎたかな、とちょっと反省。
食べ物の恨みって怖いからね。

「大変や大変やーっ!」
「どないしたん、ユウジ?」

金ちゃんが大人しくなったところで今度は一氏くんと、小春ちゃん……ではなく、神妙な顔をした銀さんがやってきた。

「こっ、」
「こ?」
「こっ、小春が……っ、」

小春ちゃんが?

「着せ替え人形になってもうた……!」

「「「「は????」」」」

咽び泣く一氏くんに、部室内にいた4人は揃ってポカン。

「これ見てみぃ」

と、一氏くんが指差すのは、大きな銀さんの掌の中。
そこには某オモチャ会社の着せ替え人形よろしくにこやかな笑みを浮かべてる、でもかなりリアルな小春ちゃん(実物の1/10くらいの)が、レトロな白タイのセーラー服に身を包んでいた。

……この2人のエイプリルフールネタ、どんどんクォリティというか、芸が細かくというか、手の込んだものになってきてる気がする。

「って言うといて、そのカッコした小春先輩が出てくるんでしょ。毎度毎度おんなじですやん」

このボケにノるかノらまいかを逡巡する間もなく、財前くんがくだらんといわんばかりの溜息まじりに、例年のネタを暴露した瞬間。

「やーんっ!」

ノリノリな小春ちゃんの声と共に背後からバーンっという大きな音が。
驚いて振り返ると、さっき財前くんが言い当てた通り、着せ替え人形と同じセーラー服を着た小春ちゃんが、部室の中の掃除用具入れの中から飛び出してきた。

「そんなツレないこと言わんといてぇな、ひ・か・る」
「キモっ。寄らんといて下さい」
「なんやと財前っ! こんなキュートな小春に対して、」
「触んなや、一氏ぃっ!」

と、いつものやり取りになるのはいいけど、一体いつからあの中にいたんだろう、小春ちゃん。
私より先に来て着替え終えてた蔵ノ介をみると、さすがの蔵ノ介も、小春ちゃんの存在には気づいてなかったらしく苦笑を浮かべてる。

「そういや銀、千歳みてへん?」

そんな蔵ノ介がふと思い出したように気まぐれ部員の千歳くんの所在を確認すると、遭遇したのか、銀さんはあぁと頷いて。

「なんやミユキはんが東京行く言うてきかんからついてくとかなんとか言うて、帰ってったで」

お兄ちゃんと遊びたいミユキちゃんがついたウソなのか、サボりたい千歳くんが妹をダシについたウソなのか。それとも本気で東京行ったのか、銀さんの話からは読めなかった。

「確実なのは千歳が来んっちゅうことだけやな」
「だね」

白石の言葉に頷いて、部活動日誌の欠席者欄に千歳千里と書いておく。

「あとは謙也くんと小石川くんか……。蔵ノ介はどっちだと思う? 今年のターゲット」
「せやなぁ……」

と、話していると。

「大変や大変やっ!」

金ちゃんや一氏くんよろしく、大慌てで駆け込んできた金髪頭。

……今年は謙也くんか。ご愁傷様。

「オサムちゃんから連絡あってんねんけど、車で事故ってもうたから今日の部活ナシやって!」

息巻く謙也くんとは対照的に、既に集まっていたメンバーは私も含め、生温かい視線を彼に向ける。

「「「謙也」さん」はん」
「へ? え?」

みんなが一斉に謙也くんの肩を叩く中、彼ひとりポカンとしてる。

「「「今日は何月何日???」」」

と、口を揃えて尋ねれば、漸く気がついたのか、あ、と声を漏らす。

「やられた……っ! 今日は4月1日、エイプリルフールやんけ……っ!」

そしてガクッという効果音が似合いそうな崩れ落ちっぷりで床に膝をついた。

どの長期休みよりも短い春休み。
部活や遊びに熱中してると、ついウッカリ忘れる課題やらを思い出させようという顧問のオサムちゃんが、毎年誰かひとりにウソの連絡して、その人が気がついたところでネタバラシっていう恒例行事。

「いっつももっと突拍子なくて、どっちかっていうとオモシロ系やから気づかんかったわ……」

膝をついたまま、騙された原因を分析する謙也くん。

……言われてみれば確かに。

私が去年仕掛けられた時は真法院池からナゾの化石が出てきたから全員で発掘する、みたいな話だった。

……あまりに真面目な文面だったとはいえ、今思うとなんで騙されたんだろ、私。

「ちゅうか遅いなオサムちゃん」
「せやねぇ。いつもやったらこれくらいで『引っかかったな、1コケシとおやつ買い出しの任務をやるわ』ってな感じで出てくるのに」

みんながもしかして、今年はホントなんじゃ、と考えはじめていると。

「おーいっ、大変やでっ!」

影が薄いといつも嘆いている副部長小石川くんが校舎の方から走ってくる。

「オサムちゃんが事故に遭うたって話きいたか?」

謙也くんの時と同じ視線をみんなが彼に向ける。

謙也くんはダミーで、みんながホントかもって思ったところで追い討ちかけるバージョンにパワーアップしたんだろう。

口には出さないけど、みんなが同じこと考えてるのが、この空間を取り巻く空気から伝わる。

「……ケンちゃん」
「ご愁傷様っすわ」

金ちゃんと財前くんがそれぞれ小石川くんの左右の肩をぽんっと叩く。

「エイプリルフールのネタやないで? マジやで?」
「とかなんとかいうてやっぱウソでしたってパターンやろ」

騙された1号、謙也くんも2人と同じことをする。

「やからマジなんやてっ、今日が4月1日やから信じられんかもしらんけど、さっき職員室できいてもうたんやって。オサムちゃんが事故ったって!」

「「「え、、、」」」

職員室で、となるとそれまでの冗談めかした空気がウソみたいに、みんな固まる。
さすがのオサムちゃんでも他の先生方まで巻き込んだ大掛かりなことはしないだろう。

「それホンマかっ!?」
「やから最初からホンマやいうてるやん、オサムちゃん事故ったらしいでって」
「正確には、」

慌てて小石川くんの肩を掴んだ蔵ノ介と、落ち着け、という仕草をする小石川くんとの間に割って入ったのは。

「石田先生っ!」

女テニ顧問の石田のみっちゃん。

「渡邊先生が事故ったんやのうて、事故の現場に居合わせて、救急車で運ばれてく人に着いてってるんだけどね。で、目撃者としての事情聴取とかもあるから今日は来れんって連絡があったんよ」

その瞬間、全員がホッと大きな息をついた。

「よかったわー、オサムちゃんに何事もなくて」
「ホンマやねぇ」
「だから、今日の男テニはオフにしてくれ、だそうや」

その様子をみて、くすりと笑った石田先生に、蔵ノ介が頷く。

「渡邊先生にはウチからエイプリルフール、大概にしとかんと信用なくしますでってキツく言うとくな」
「お願いします」

ほな、気をつけて帰りー、と職員室へ去っていく石田先生をみんなで一礼して見送った。



いつも通りの喧騒




(でも、来年からこのネタなくなるんもちょい寂しいな)
(確かにね)




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