電車の入るホームに駆け出そうとした瞬間、掴まれた後手。
カシャンと何かが倒れる音にワンテンポ遅れて、私の体はすっぽりと白石の腕の中におさまった。
「ちょ、白石、電車が……」
「知っとる」
「なら離して」
「ヤダ。今日は帰したない」
「はいっ!?」
逃れようともがいても、白石の腕の力が強くて、ただ手足をばたつかせるだけ。
しかも、熱の籠った声でとんでもないことを囁くから、頭は大パニック。
「そーいう冗談やめて、」
「冗談なんかやない」
さっきよりもきつく抱き締める腕。
「朝岡と離れたないねん」
「だからなんでっ、」
「そんなん決まってるやろ、」
俺も朝岡が好きやから熱い吐息と同時に耳に届く音。
言葉の意味を理解するまで数瞬かかった。
「う……そ、」
「俺がそーいうの、嘘や冗談で言えるタチやないって知っとるやろ」
背中側からぴったりくっつかれてるから、白石の顔は見えない。
だけど、白石が言ってることが本気なのは確かにわかる。
でも、どうして。
今起こってる出来事が信じられなくて、そんな疑問ばかりが湧いてくる。
「朝岡は怒るかもしらんけど」
私の疑問が伝わったんだろうか。小さく笑った白石は、そう前置きした。
「あの日、起きててん」
「え、」
「朝岡が見舞いに来てくれた日。最後、寝たフリしてたんや。やから全部聞いてた」
あの日起きてた。
見舞い。
最後。
全部聞いてた。
白石の言葉に1度は引いたパニックの波が再度襲来。
恥ずかしさで身体中が熱い。
逃げ出そうとしても、白石の腕がそれを阻む。
「正直、めっちゃ驚いたし、嬉しかった。でもおんなじくらい怖くなった」
不安げに沈む声色。
「ホンマに付き合うてしまったら、朝岡にも今までみたいに嫌われてしまうんやないかって」
肩口から回された白石の腕が微かに震えてる。
あぁ、だからか。
知らない子と付き合うのを嫌がってた理由も。
“白石蔵ノ介”につけられたイメージばかり気にする理由も。
その一言で納得がいった。
そんなことないよ。
言葉にする代わりに、白石の腕を抱き返す。
「やから今日もずっと迷っててん。朝岡にこないだのこと訊こうかどうかって。やけど……」
そこから漂う沈黙。
「やけど、何?」
その先を促すと、背後で困ったような気配。
「白石?」
「あー……、笑わんできいてな」
少し苦味を含んだ声で言い置いてからもしばらく逡巡して。
「さっきめっちゃ嫌やってん」
「さっき?」
「電車」
「電車?」
「電車に、」
朝岡とられる気がして。
「ふはっ、」
「あっ、笑わんといて言うたやん」
気恥ずかしそうに小さく囁かれた言葉に思わず吹き出すと、背中からは不貞腐れたような照れたような声が降ってくる。
きっと顔赤くしてるんだろうな。
そんなことが簡単に想像できるのは、多分ここ数ヶ月のおかげ。
「何ていうか、白石って時々結構アホだよね」
「なんやとー」
一頻り笑った後、首だけ上を向けて素直な感想を述べると、案の定、頬を染めて口をへの字に曲げた白石と目が合う。
きっと周囲の人たちは想像もしないんだろうな。
白石にこんな可愛らしい一面があることも、意外と傷つきやすいことも。
「でもね」
白石の腕の中から抜け出して、真正面から向き合う。
「私は……」
***
それから季節は巡り、私も白石も無事3年生に進級した。
そして迎えた4月14日。
「あちゃー、今年もか」
相変わらず白石のいるクラスには女の子達の長蛇の列。
ただ今までとは違って、その教室から出て来る子達が、入った時と同じようにプレゼントを持ったまま。
「せっかくやけど、ごめんな。今年はひとりからしか貰わんって決めてんねん」
こっそり教室を覗くと、人当たりのいい笑顔で受取拒否する白石の姿。
「白石っ!」
順番待ちしてる人達に、少し申し訳なく思いながらも、廊下から彼を呼んでみると、すぐに席を立ってこちらへ来てくれる。
「どないしたん? 朝岡」
「そんなの決まってるでしょ、」
後手に隠してたプレゼントを差し出すと、最高の笑顔が返された。
Happy Birthday SHIRAISHI
-18-
[
≪ | ≫]
back