『大丈夫だよ、蔵ノ介……。絶対また逢えるから……』
***
「なまえっ!」
自分の声に驚いて目を覚ます。
「ゆ……、め……?」
彼女を喪った遠いあの日から、その光景ばかりを繰り返し夢に見る。
そのせいか、それがどれくらい前の出来事なのかさえ、最早定かではないのに、胸に残る哀しみは、色褪せるどころか、月日を重ねる度に深くなる。
『また逢える』
その言葉だけを信じて、永久にも等しい時間の中、彼女をずっと捜している。
――正確には、彼女の魂を宿した生まれ変わりを。
何十、何百億という人間の中からたったのひとり。
見つけられる可能性は限りなくゼロに等しい。
ヒトであった頃の知り合いに成功の確率を問えば、間違いなくそう返される。
でも何千、何万分の一でもいい。
確率が完全なゼロではないのなら、俺はその極々僅かな可能性に賭けたかった。
そうして、長い刻をさまよった末に辿り着いたこの場所で――
***
「なまえ……っ! 漸く見つけた……!」
彼女を捜し、かつ生きる糧を得るため、訪れた土地で必ず催す晩餐会。
居城と定めた洋館に町中の娘が集う唯一の機会。
そして、俺にとってこれが最後のチャンス。
度々居城を動かし、新しく移った土地で派手に食糧を狩る俺は、いい加減狩人達の目に余るようになったらしい。
“次はない”と狩人のひとりが忠告に来たのはまだ、記憶に新しい。
だから、ここで見つけられなければ、俺は塵になってこの世を去ろう。
そう決めていた。
そんな矢先に巡り会った彼女。
喜びが先に立って、今の彼女が手にしとるモノにまで注意が向かなかった。
「白石蔵ノ介。警戒レベル最高指定ヴァンパイア。再三に渡る協会の警告も無視し、晩餐会と偽った狩りを実行。よって貴方を要観察対象から排除対象に切り替えさせて頂きます」
彼女の声が無機質に長く堅苦しい口上を述べる。
そしてその終わりと同時に、首筋へ突き付けられる銀の刃。
それが、ヴァンパイアに与えられた永久の命を完全に終わらせるための武器だと気づくのに、一瞬とかからなかった。
「ははっ……!」
乾いた自嘲が口から漏れる。
最後の機会と定めたこの町で、漸く巡り会った彼女。
まさかその彼女に、この長い長い生の終わりを告げられるなんて、皮肉にも程がある。
「……何がおかしいの?」
キッと眦を吊り上げてこちらを見上げる彼女。
俺の傍にいた頃のなまえからは想像もつかへん表情やった。
「まさかなまえが狩人になっとるとはな……。神様も残酷すぎるで」
「……何の話?」
怪訝な顔をした彼女に苦笑を向ける。
恐らく今の彼女には、前世の記憶なんちゅうもんは微塵もないんやろう。
頭では理解しとったことやけど、やっぱり少し寂しい。
「……遠い昔に喪った大切なひとを捜しとる愚かな男の話」
「ふぅん」
彼女の問いに繋がるように答えてみたけど、なまえは大して興味もない様子で相槌を返してくるだけだった。
「さて、白石さん。協会の忠告をあれだけ無視した。その覚悟はできてますよね?」
そして、くだらない話に終止符を打たんと、銀の鎌を構え直した。
「……あぁ」
俺の望む形ではなかったけれど、最期に彼女と逢えたから。
もう少しだけ話をしたい、そんな未練がましい思いを断ち切るように目を閉じた。
「……?」
しかし、いくら待ってもその鎌が振り下ろされる気配がない。
不思議に思い目を開けると、困惑した様子の彼女が銀の鎌と格闘していた。
「どうして……っ!?」
まるで強力な何かに押し返されているかのように、彼女の握る武器は寸でのところからびくともしない。
……あぁ、そうか。
今の彼女自身には覚えがなくても、彼女の心の深いところは、俺を憶えとる。
「なまえ………っ」
困惑しとるなまえをぎゅっと抱き締める。
俺のことを忘れていても構わない。
けれどどうか今だけは。
このままでいさせて。
強い願いが通じたのか、彼女が手にしとる凶器がその刃をふるうことはなかった。
「――……くら、の、す、け……?」
そして、幼い子供が、覚えたばかりの新しい言葉を話すようなたどたどしさで呼ばれた名前。
驚いてなまえを見遣れば、涙で潤む瞳が、真っ直ぐこちらを見上げる。
「……なまえ? 今……」
期待に逸る胸を抑える俺に向けられるのは、先程までの厳しい表情やなく、柔らかな微笑み。
「全部、思い出したよ……、蔵ノ介。遅くなってごめんなさい……」
「なまえ……っ! おかえり……」
鈍色の凶器がカランっと音を立てて地に落ちる。
そして、今度は自ら俺の胸に飛び込んできた彼女を、再び腕の中に閉じ込める。
2度と喪わぬように強く強く。
真夜中の奇跡
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