広い窓から赤々と燃える夕陽が差し込み、薄暗い室内をくっきりとした光と影のコントラストが彩る。
その影の部分から、暮れなずむ街並を見下ろせば、ジャージ姿の集団が、掛け声をかけながら、元気に眼下の道を走り抜けていく。

「えぇなぁ……」

陽の光の下、汗を流すその姿を、素直に懐かしく思う。

何故なら俺にはもう――……。

「戻りたい?」

突然降って湧いたかのように、背後で声。
ぎょっとして振り返れば、普段ならまだぐっすり眠っとるハズのなまえが、不安げな眼差しで、じっとこちらを見据えていた。

「どないしたん、なまえ? 今日は珍しく早起きやな」

笑顔を取り繕って、彼女の方へ歩み寄る。
華奢な体躯を抱きしめようとすれば、するりと躱されてしまった。

「誤魔化さないで、謙也。ちゃんと答えて」

決して強くはない口調。
それなのに逆らうことができひんのは、俺がなまえに血を与えられ、彼女に隷属しとるせいなんやろうか。

「別にそんなことは、」
「嘘」

感情の色がみえない声が、俺の言葉を遮る。

「じゃあ何で毎日早起きして、窓の外みてるの?」

なまえの指摘に息を呑む。

「……知っとったんか」
「いくら私でも、隣にいる人が動いたら、気づくよ」

自嘲するように苦笑を浮かべた彼女に、返す言葉が見つからず、嫌な静寂が部屋を包み込んだ。

「……ごめんなさい」

無音の室内に、ぽつりと落ちた謝罪。
気まずくて逸らした顔を、再びなまえの方へ向ければ、彼女の色素の薄い髪が、表情を隠してしまうくらい深く項垂れていた。

「ごめんなさい。私の我儘で、こんな暗闇でしか生きられない人生に巻き込んでしまって」

震えるのを必死に押し殺そうとしとる声。

「謙也にはこれから先も色んな可能性があったのに」

それら全てを。
そして、大好きだったテニスも。
仲間さえも。

「全部、取り上げてしまって、本当にごめんなさい」

ぽたぽたと毀れる雫がなまえの足元に、幾つも染みをつくっていく。
小さく震える細い肩が、見てて痛々しかった。

「何で謝るん?」

不自然に開いた2人の距離。
それをそっと詰めて、彼女の頬を伝う涙を拭う。

「だって、謙也、後悔してるでしょう? 私の血を飲んだこと」
「え、」
「それに本当は恋しいんでしょう? テニス部の人たちとか、家族とか、普通の人たちが。だからずっと外ばかり、」「違うっ!」

思いも寄らなかった。
なまえが、俺の行動をそんなふうに受け取っていたなんて。
突然の大声に身を竦めた彼女の肩を抱き寄せる。

「後悔なんて、するはずないやろ……」

初めて出会った時、一瞬で心を奪われた。
彼女からヴァンパイアであると、秘密を明かされても、想いは変わらんかった。

「俺が自分で選んだんや、なまえと共に永久に生きる道を」

陽の光の下での生活や、仲間。
そして家族。

それまで当たり前にあったもの全てと、なまえを天秤にかけて。

「窓の外見てたんは、なまえとの出会いを思い出しとっただけやねん。……不安にさせてしもて、ごめん」

時折、太陽の下での生活が懐かしくなるけれど、それでも羨ましいとか戻りたいとは思わへん。

「……本当に? ホントに、それだけ?」

腕の中からこちらを見上げるなまえの瞳は、まだ不安の色を濃く残しとる。

「……あぁ」

頷いて、カーテンを閉ざす。
僅かに残ったヒトとしての未練を断ち切るように。

「俺が愛しとんのは、なまえだけやから」

闇色だけに覆われた室内で、彼女の唇に濃厚なキスを落とした。



黄昏に魅せられて






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