うかりける


「あ、あのっ、」

放課後。
終礼が終わると同時に教室の後ろから抜け出そうとしてた背中を呼び止める。

「なんや?」

険を孕んだ切れ長の瞳で真っ向からねめつけられ、思わず息を呑んだ。

「財前君、図書当番、」
「んなもん言われんでも知っとるわ」
「ごめん……」

吐き捨てるように言い返されれば、私は俯いて謝ることしかできない。

けれど、私の態度は尚更彼を苛立たせてしまったようで、頭上で憎々しげな舌打ちが聞こえた。
その音にびくりと身を竦ませた私に、財前君は大袈裟な溜息を吐いて。

「用そんなけなら、先、図書室行ってろや」
「うん……」

一連のやり取りを見ていたクラスの女の子達の嘲笑が耳に障る。

「財前君迷惑そう」
「性懲りもなく、アイツは」

これみよがしな言葉が、ぐさぐさと突き刺さる。
彼女達からしてみれば、今の私の姿はさぞ清々しいんだろう。
四天宝寺の人気者を独占していたヤツが、今は冷たくあしらわれてるんだから。



財前君と知り合ったのは、高1の春。
図書当番が一緒になったのがきっかけ。
イギリスのインディーズが好きな私と彼はすぐに意気投合して。
学校帰りにCDショップに寄って、お互いのオススメの曲を試聴しあったり。
名前だって、財前君から財前、最終的には光と呼び捨てていた。
彼の方だって、詩歌と呼んでくれていて。

財前君と同じクラスになったら、もっと仲良くなれるかも。

そう期待して、新学期が始まる前には、神社にお参りまでして、彼と同じクラスになれるようにと願った。

それなのに。
彼と仲良くなれるどころか、今では私の苗字すらも呼んではくれない。

他の誰よりも仲がいいと思っていたのは、私だけだったの?
話すのも、一緒に帰るのも、楽しんでたのは私だけだったの?

財前君に訊きたいけど、にべもなく肯定されてしまうのが怖くて、訊けずじまいな疑問が、胸の内に溢れてく。



「菅野さん」
「ちょっとえぇ?」

憂鬱な気分でいたら、それに拍車を掛けるような猫撫で声。
財前君のファンクラブだか何だかで、事あるごとに私に絡んでくる人たち。

もういいでしょ。
私、貴女たちよりも彼に嫌われてるんだから。
これ以上惨めな気持ちにさせないで。

文句を言ったところで、彼女達が私に対する嫌がらせをやめてくれるはずもなく。
私は仕方なく彼女達の呼び出しに応じた。



「遅い」
「ごめん」

ファンクラブのコ達に応じていれば、当然ながら図書当番の時間には遅れてしまった。

「……何や、その格好」

じろりとこちらに視線を向けた財前君が、体操服姿の私を見咎める。

「……別に、財前君には関係ない」
「……さよか」

突き放すような言い方をすれば、彼もすぐに興味を失ったように、そっぽを向く。

「ほな、後は全部やっとけや」
「……うん」

そして、顔を背けたまま言い渡される。

前みたいに話すどころか、一緒にいることも拒まれるほど、私は嫌われてしまったみたいだ。

「もう、ヤダ……」

ファンのコ達からの嫌がらせだって以前なら、殆ど気にならなかった。
今日みたいに頭から水掛けられたって、持ち物を泥まみれにされたって、彼と話せば、全部忘れられたから。

けど、今は財前君からも冷たくされるばかりで、嫌なことだらけ。

「こんなふうになるなら……」

同じクラスになんてならなきゃ良かった。
もっと仲良くなりたいだなんて、欲張らなきゃ良かった。


彼を好きになんてならなきゃ良かった。

ねぇ、光……。

「苦しいよ……」

小さく言葉を吐き出すと同時に、目の前の景色が大きく揺らいだ。



***



「……、詩歌、詩歌っ、」

遠くで、私の名前を呼ぶ声。
思い詰めたようなそれは、私がずっと聞きたかった声とよく似ていて。

「ひ……か、る……?」

思わず彼の名を呼んで、声のする方へ手を伸ばした。

「っ、詩歌っ!」

その手を掴む少し冷たいくらいの体温。
ゆるゆると目を開けば、ぼんやりとした視界に映る彼の顔。
いつもの無表情が、今にも泣き出しそうに歪められていた。

どうしてそんな顔してるの?
何でまた名前を呼んでくれるの?

「お、気ぃついた?」

胸中に渦巻く様々な疑問は、第三者の声で掻き消えた。

「自分、図書室で倒れたんやで?」

覚えとる?と訊ねてくるのは、四天宝寺の有名人、白石先輩。
身体を起こして、彼の問いに首を横に振って答えれば、先輩は私が倒れた経緯と、財前君が保健室(ここ)まで運んでくれたことを教えてくれた。

「多分、原因はストレスやろな。とりあえず今日は帰ってゆっくり休みや」
「はい。ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げると、白石先輩は、ほな、と爽やかに保健室を後にした。

「あの、財前君、ありが……っ!?」

そして、手を繋いだままの彼にお礼を言おうとすれば、そのまま腕を引かれて、彼の胸へ飛び込む形に。

「ごめん……っ!」

搾り出すように苦しげな声が、耳にかかる。

「詩歌を追い詰めてしもたんは、俺や……」
「財前君……?」

彼の取り乱した姿なんて初めて見る。
そのことに戸惑う私に、彼は同じクラスになってからのことを全て話してくれた。

一緒のクラスになれて嬉しかったこと。
私が女子からの嫌がらせを受けてたのを知ったこと。
私から自分が離れれば、嫌がらせもおさまるのではないかと考えたこと。

「それが、余計詩歌を傷つけてしまうなんて、考えもせえへんかった……」

倒れるまで気づいてやれへんくて、ごめん。

私を抱きしめる腕に優しく力が込められる。

「じゃ、じゃあ、私、財前君に嫌われてた訳じゃないの……?」
「……おん」
「じゃあ、前みたいに、話してもいい……?」
「おん」
「じゃあ、財前君のこと、好きでいても、いい……?」

至近距離にある彼の、切れ長の瞳が大きく見開かれる。

「……それ、告白?」
「!!」

彼の指摘に、今度は私が目を瞠る番。

「ぅあ、の、その、今のは、忘れて、ざいぜ、」
「光」

赤面し、慌てふためく私を、再び彼の温度が包み込む。

「前みたいに呼びや」
「……光……?」
「もっかい」
「光」
「もっかい」
「光」

名を呼ぶ度、縋り付くように、抱きしめられる腕の力が強くなる。

最後には子猫が甘えるみたいに頬を擦り寄せてきて。


「……詩歌」


……俺も、好きや。


耳たぶにかかる熱い息と一緒に、優しくて甘い声が耳朶を擽った。



うかりける
ひとをはつせの やまおろしよ
はげしかれとは いのらぬものを




(遠回りをしたけれど)
(キミに届いたね、“スキ”な気持ち)



-24-


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