みせばやな


部活を終え、それぞれに帰り支度を整える。

「謙也ー、外に待ち人おんでー」
「おう! ほなお疲れ!」

自称浪速のスピードスターの謙也さんは最近前にも増してその作業が早い。

理由は明白。
最近できたというカノジョが迎えに来とるから。

……大丈夫やろか。

俺らが使う部室の隣、マネージャーのために設けられた部屋がある方に視線をやる。
薄いコンクリの壁で隔てられとるだけやから、さっきの声も間違いなく向こうに届いとるはず。


謙也さんにカノジョができた時、俺や部長は勿論のこと、レギュラーメンバーは散々にからかった。
やけど、普段ならその悪ノリの仲間に加わって、1番に謙也さんをからかうはずの詩歌先輩は、そっか、とだけ呟いてその場を離れた。

そん時は他の先輩らと同じく、珍しいなとしか思わんかったけど、妙な違和感は残った。
そして、その違和感はすぐ疑念になって、今はある確信に至った。


やから。


「詩歌先輩?」

俺が最後に選手の部室を閉めてもまだついとるマネージャーの部室の灯り。

ノックして呼び掛けても返事はない。
やけど、中に人のいる気配はするから、恐らくは−−

「詩歌先輩、入りますで」

一応断りを入れて扉を開けると、その音に驚いたのか、奥の椅子に座ってた先輩がこちらを振り返る。

「ざいぜ……っ!?」

あぁやっぱし。

取り繕おうとしたんか、勢いよく顔を背けた先輩。
やけど、一瞬視線があった目は赤く腫れとって。

「な、何で入ってきてんのっ!?」
「ちゃんと入りますとは言いましたで? 詩歌先輩こそ、こんな遅まで何しとるん?」
「部日誌書いてたのっ、もう書き終わるから……」

怒ったような口調で答える声も、震えを隠しきれてはいない。

「嘘つかんといてや」

そんな先輩の背後に静かに歩み寄って、決してこちらを向かない顔に手を伸ばす。

「!?」
「こんなに目頭熱くしとるクセに」

そっと覆い隠した、詩歌先輩の瞳から溢れる雫が、部活の熱もおさまり冷えた俺の掌を熱く濡らす。

……やっぱし、好きやったんやな。謙也さんのこと。

きっと他の誰も気づいてへん。当の謙也さんでさえも。
このヒトが隠すのが上手いから。
やから俺も気づかんかったフリをする。今はまだ。

「俺の手、冷たいやろ。暫くアイスノン代わりに提供しますわ」
「…………バカ」

小さく憎まれ口は叩かれたけど、手を振り解かれることはなく。
ただ、堰き止めきれない涙だけが、俺の掌を熱くした。



みせばやな
おじまのあまの そでだにも
ぬれにぞぬれし いろはかはらず




(俺の想いは、この涙が止まる頃に伝えよう)



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