もろともに
あー、メンド。
休日やのに早起きして部活行かなあかんとは。
低体温の俺にはしんどいっちゅーねん。
心中で愚痴をこぼしながら最寄り駅に向かう。
「うっわ、サイアクやん……」
この連休逃すと暫く祝日がないからやろうか。
普段の休みならそこそこな人混みのはずの時間帯やのに、今日に限ってホームが人でごった返しとる。
余計に萎えるわー。
盛大に溜息を吐きつつも、次の電車を逃すと完全に遅刻するから、しゃーなしにホームに向かう。
あの変態部長のことやから、遅刻したら何かとメンドいペナルティ課されるやろし。
やる気とは正反対の気分で電車待ちの列に並ぶ。
そして、なんとはなしに隣に視線をやると。
「……詩歌、さん?」
6つ上の兄貴と同い年の幼馴染の姿が。
思わず名前を呼んでしまうと、相手も驚いたように振り返る。
「もしかして……、光くん?」
「っス、」
「うわーめっちゃ久しぶりー!」
元気してた? と微笑む顔に垣間見える昔の面影。
人懐っこさも変わってへん。
詩歌さんも就職しとるし、ウチの兄貴が早々に結婚したこともあって、ここ数年は幼馴染と雖もほとんど会うてへん。
「今いくつだっけ?」
「16っスわ」
「じゃあ高校生かー。今から部活?」
「っス。詩歌さんは?」
「仕事だよ。休日出勤ってやつ」
言われてみれば、周りの女子が華やかなカッコしてる中、紺のスーツ姿。
「大変っスね」
「ホントだよー」
と、話していると、列車到着のベルが鳴る。
「これ、乗る?」
次々と人が乗り込んで文字通りすし詰めの車両を指して訊ねてくる詩歌さん。
「あー、乗らんと遅刻するんで」
「だよねー」
私も、と溜息まじりな詩歌さんと一緒に車両に乗ると、思ってる以上に窮屈やった。
あー、こんなやったら遅刻してもええから一本後にするんやった。
背中側の人混みに圧されながら心の中で嘆息。
「詩歌さん、大丈夫、っス、……か?」
ドア側で鞄を両手で抱える詩歌さんが周りの人らに潰されんように守りながら訊ねると、まん丸に見開かれた目を向けられた。
「どないしました?」
「や、光くんてこんな背高かったっけっ……て」
昔は私のこの辺だったのに、と、自分の耳の下あたりで手をヒラヒラする。
「昔ていつんこと言うてるんですか」
「えーと……、小学生くらい?」
「何年前の話やねん」
思わずがっくりと項垂れる。
「って、何で目背けるんです?」
さっきまでフツーに接してくれてた分ダメージがデカイ。
思わずキツイ口調で問い詰めると。
「や、だって……」
「だって、何です?」
「光くんがカッコよくなりすぎてて直視できない……、というか、ドキドキするというか……」
視線を泳がせたままの詩歌さんの顔は真っ赤で。
あーもうこのヒトは。
「よーやくっスか」
「え?」
ぎゅうぎゅう詰めの車内。
後ろから押されるのに便乗して、少しだけ距離を詰めて。
「俺なんて、駅で……いや、ちっさい頃からずっとですわ」
他の乗客には聞こえないように小さく耳打ち。
「え、ちょ、それって」
鈍感な詩歌さんは、戸惑ってあたふた。
「詩歌さん、スマホ持ってます?」
「へ? あ、持ってる、けど」
「貸して」
混乱してる最中の詩歌さんからスマホを受け取って、自分の連絡先を交換。
すると、ちょうど学校の最寄り駅に到着するというアナウンスが。
「また連絡します。詩歌さんの仕事休みん時に遊びましょ」
「ちょ、光くんっ!?」
まだ混乱しとる詩歌さんにそう告げて列車を降りる。
「じゃ、また今度」
もろともに
あはれとおもへ やまざくら
はなよりほかに しるひともなし
(ずっと隠してたこの想いが成就するのは、もう少しあとの話)
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