やまがはに


千歳千里。
中学3年になると同時に、四天宝寺に転校してきた九州男児。
とにかく自由気ままなヤツで、いつもふらりといなくなる。
授業は言わずもがな、部活だってよくサボっては、部長の白石君に怒られていた。

そんな彼に1度だけ、大阪に来た理由を訊いてみたことがある。

『無我の境地を研究するため』

それが返ってきた答えだった。
そして、中学最後の全国大会。
彼は才気煥発の極みに到達した。
青学との試合に敗れはしたものの、同じ無我の奥に辿り着いた者と戦った彼は楽しそうで、更なる可能性を求めて、目を輝かせていた。

そして、その時。
私は幼いながらに悟ってしまった。
何人たりとも、彼の探究心をとめることはできない、と。
だから、遠からず彼は自分の心のままに、何処かへ行ってしまうのだろう、と――。



「……詩歌は俺にいなくなって欲しかと?」
「そういう訳じゃないよ」

頭上から不貞腐れたような声。
見上げて苦笑を返すと、子供みたいにむくれる千里の顔がある。

あれから10年。
絶えず流れる川の水のように、自由に自分の求めるものを追い続けるかと思われた彼は、1度も大阪を離れることもなく、現在も職場は違えど、こうして私の近くにいてくれる。

けれど、私にはそれが不思議でたまらなかった。
生れつきの求道者であるかのような彼が、何故その道を歩むことをやめたのか。

「詩歌がおったからたい」

私の問いに千里がくれた答えは、嬉しくもあり残念でもあった。

いつかいなくなる人だとわかっていて尚、千里に告白した10年前。
彼がどこまでも高みを求めるのならば、私はそんな彼を追い続ける。
その覚悟はできていた。

だって私は、そんな千里だからこそ好きになったのだから。

「……あんま嬉しくなか?」

私を見下ろす千里の表情が曇る。

「嬉しいよっ、ただ……」
「ただ?」
「千里の足枷にはなりたくなかったな……って」

大好きな人だから、思うままに突き進んで欲しかった。
自分自身がその妨げになることだけは絶対に避けたかった。

「枷ではなかとよ」
「え……?」

呆れたような色が伺える千里の瞳。
口元に苦笑を浮かべて、ぽんぽんと優しい手つきで頭を撫でてくれる。

「無我の奥を探究するより、詩歌の傍におりたい。そう決めたのは、他の誰でもない俺たいね」

ぎゅっと背中から抱きしめられる。

「だからそげんこつ、気にせんでよかよ」
「うん……っ」

胸の前で交差する逞しい腕。
それを抱きしめ返して、千里の温もりと、さっきの言葉を味わった。



やまがはに
かぜのかけたる しがらみは
ながれもあへぬ もみぢなりけり




(君だから、俺は立ち止まろうと思ったんだ)




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