なつのよは
カラランっ
柔らかな音を奏でたドアベルに顔を上げると、ミルクティブラウンの髪の長身が、きょろきょろと店内を見回している。
「蔵っ!」
店の1番奥の席から、短く名前を呼んで手を振ると、視界に私を捉えた彼が笑み崩れる。
「すまん、待たせたな」
椅子を引いて、私の向かいに座る蔵。
そんな彼に、「気にしないで」という意味を込めて首を横に振れば、ホッとしたような表情を浮かべる。
「久しぶり」
「おん、久しぶり」
テーブルの上に乗せていた手が徐に握られる。
高校を卒業して3ヶ月。
それまでは毎日のように会えていた私たちだけど、蔵が東京の大学に進学してしまったから、当然会える回数も激減した。
「毎日電話で詩歌の声聞いとるけど、やっぱこうして会うのとは違うな」
きゅっと握られた手に力がこもる。
「そうだね」
電話だと声は聞こえるけれど、蔵の温もりや、表情をみることはできないから。
そう言うと、蔵も笑って頷く。
「でも、」
「ん?」
「蔵、大丈夫なの?こんなに頻繁に大阪来てて」
会う回数は激減したと言っても、遠恋を覚悟した私としては、GWとかの大型連休か、夏休みとかの長期休暇くらいしか会えないんだと思っていた。
けれど、その予想を大きく裏切って、蔵は最低でもひと月に1度、多い時だと3度はこっちに帰ってきてる。
府内や、同じ近畿圏ならまだしも、関東から往復するのだ、交通費だって馬鹿にならない。
「一応実家から仕送りあるし、バイトも割のええやつやってるから」
「…………ホスト、とか?」
「アホ。カテキョとファミレスや」
心外な、と言わんばかりの口調で口を尖らせる蔵。
「ごめんごめん。男の人で割いいっていうと、何となくそれしか浮かばなくて」
「勘弁してや。俺が詩歌に後ろ暗いことする訳ないやん」
「だよね」
くすくすと笑いながら相槌を打ちつつも、尚のこと心配が募る。
寝る間も惜しんでバイトに勤しんでるんじゃないかとか、食費をかなり切り詰めてるんじゃないかとか。
「詩歌、オカンみたいなこと言うとるで」
「だって……」
呆れたような蔵に対して、口を尖らせると、彼はこちらを安心させるような顔で笑って。
「大丈夫やって。俺、節約とかやりくりはうまい方やし」
「でも……」
中々会えないからこそ、不安になる。
無理をしててもとめることもできないし、万が一無理が祟って倒れた時も、傍にいられないんだから。
「大丈夫や言うてんのに。それとも詩歌、俺に会いに来て欲しくないん?」
「そんなことないよっ!ある訳ないじゃんっ!」
しゅんとした表情の蔵に、勢いよく首を横に振ると、蔵は「冗談やって」と笑う。
「それにホンマ詩歌が心配するほど、切羽詰まった生活はしてへんから。まぁでも、」
と、言葉を切って蔵は少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「そのせいで、毎回新大阪駅ん中でしか遊べんのやけど」
「ごめんな」と頭を下げる蔵。
「そんな、謝らないでよっ!私はこうして蔵が帰って来てくれるだけで嬉しいんだから」
「おおきに、詩歌」
不意に蔵の顔が近づいて、額に柔らかな感触が落とされる。
キスされたって気がついて、顔を朱に染めれば、「かわええ」と微笑む蔵。
こんなやり取りも、直接会っていればこそと思うと、胸があったかくなる。
けれど。
そんな時間もすぐに終わりが来てしまう。
「蔵、新幹線何時っ!?」
「19時のやつ」
「あと5分しかないじゃんっ!」
時間を忘れて遊んでいたツケで、駅構内を全力ダッシュで駆け抜ける。
「ま、間に合った……」
エスカレーターさえも駆け抜けてホームにあがると、丁度電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。
「すまんな、詩歌。走らせてしもて」
「いいの。私がギリギリまで蔵と一緒にいたいから」
そう言った瞬間、力強く蔵に抱きしめられた。
「…………あんま、かわええことばっか言わんで。このまま連れ去りたくなってまう」
耳元で囁いた熱っぽい声。
それはきっと蔵の本音。
でもそれができないことはお互いわかっているから、すぐに身体が離される。
「次はいつ会えるかな?」
「せやな……、7月末か8月か……」
蔵の答えは、丁度夏休みが始まる時期。
だったら。
「次は私が蔵に会いに行くよ」
「え、」
「私だってちゃんとバイトとかして稼いでるから、蔵ほどじゃなくても、会いに行けるくらいの蓄えはあるんだよ」
得意げに片目を瞑ると、蔵は「そうなんや」と嬉しそうに笑う。
「あ、でも、東京で連泊できるほどの余裕はないから……、その時は蔵んち泊めて、ね?」
上目遣いにお願いすると、蔵は面食らったように目を瞬かせていたけれど、すぐに破顔して。
「ええよ。いつでもおいで」
と言ってくれた。
なつのよは
まだよひながら あけぬるを
くものいづこに つきやどるらむ
(いつの時代も、楽しい時間があっという間なのは変わらない)
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