ひさかたの
※ヒロイン死ネタ。苦手な方はブラウザバックでお戻りください。
限りなく白に近い薄紅色。
春という短い季節の、更に限られた僅かな間に、生き急ぐかのように咲き誇る儚い花の色。
彼女を色で例えるなら、正しくその色やった。
***
彼女との出会いは、ちょっとした偶然。
「「ありがとうございましたーっ!!」」
無事、小春とおんなじ高校に合格し、中学時代とかわらずクラスで漫才を披露しては、教室に笑いの渦をおこしとった。
そんなある日。
「なぁ小春。アイツ誰や?」
ふと窓際の一角に目を遣ると、笑いに満たされた教室から弾かれたように、独り本を読み耽っている女子がおった。
「菅野詩歌ちゃんよ。ユウ君、ひと月以上経ったんに、まだクラスメイトの顔と名前覚えてへんの?」
「すまん……」
小春に生返事をして、菅野という女子に見入る。
色素が薄く華奢な外見。
肩口までの髪を輝かせて、本を読んどる様は美しいのに、窓から差し込む木漏れ日に溶けてしまいそうな程、希薄な存在感。
それは、きっとこの時気づかなければ、俺は彼女の存在を知らんまま1年過ごしたんちゃうかってくらいのモンやった。
それなんに、1度意識してみると、彼女のことが気になってしゃーない。
この不思議な存在感が中々に曲者で、教室が笑いに溢れとっても、意に介した様子さえ見せない彼女に気づいてしまうと、胸のうちがもやもやした。
例えるなら魚の小骨が引っ掛かって、取りたいのに取れへん時みたいな感じに。
そんな彼女の笑顔を初めてみたんは梅雨の終わりがけ。
クラスの輪に入らん彼女に痺れを切らした俺が、彼女の本を奪いとり小春に怒られとった時やった。
「ふふ、」
爆笑とはいかないまでも、鈴を転がしたように声をたてて笑う菅野。
初めてきいた彼女の笑声に俺だけでなく、小春も停止した。
「何がおかしいねん」
別にネタで喧嘩しとった訳やないから、当初は馬鹿にしとんのかと、彼女の反応に腹を立てたが、菅野が本気で漫才やと勘違いしとったとわかると、俺も笑うしかなかった。
そっからだんだん仲良うなって。
そのうちに彼女は決してお笑い嫌いでも、笑いの沸点が高い捻くれ者でもないことがわかった。
俺と小春が彼女とおる時にネタを披露すれば喜ぶし、菅野の方からせがむこともあった。
しかもめちゃくちゃ笑い上戸。
なのに、彼女はクラス全体に向けて俺らがコントしとる時は、決まって輪の外におった。
「何で?」
そう訊ねると、彼女は決まって困ったように笑う。
「ユウジ君、小春ちゃん。ごめんね」
そして必ず俺らに謝る。
その意味を、コントしとる俺らの心情を慮ったモンだとばかり思っとった俺は、ずっと謝るくらいなら一緒になって笑えばええのに、と感じていた。
やけど、それはとんでもない勘違いやった。
***
無機質な白い部屋。
沢山のチューブに繋がれて、ベッドの上に横たわる菅野。
彼女が入院したんは、桜の蕾もまだ硬い、春先のこと。
出会った頃には、既に病魔に蝕まれていたらしい彼女の身体。
薬で何とか日常生活に支障をきたさないようにしとったけど、とうとうそれも難しくなってしまったのだという。
「仲良くなって、ごめんね」
そして、初めて彼女の見舞いに訪れた時に知った、謝罪の意味。
自分に残された時間が少ないことを理解しとった菅野は、敢えて親しいヤツを作らんようにしとったんだと、俺と小春に打ち明けた。
明るいクラスに暗い翳を落とすことがないように、と。
「んな哀しいこと言うなや……、アホ……っ!」
「ユウ君の言う通りやで、詩歌ちゃん……っ!ウチら、詩歌ちゃんと仲良くなれてホンマ嬉しかったんやから……っ!」
俺らが、思いの丈をぶつけると、彼女も泣きながら「ありがとう」と言って笑った。
「菅野、喜びや。俺と小春と自分、今年もおんなじクラスやで」
『ホントっ!?』
柔らかな声で返ってくるはずの言葉はない。
入院してからというもの、目に見えて衰弱していった菅野。
大きな瞳も閉じられたままで、殺風景な部屋に響く規則的な電子音だけが、彼女が生きていることを証明している。
「なぁ、早よ元気になりや。そしたらまた笑かしたるし、それに……」
込み上げる嗚咽に視界が滲む。
「それに、俺、まだ1番重要なこと、言えてへんのに……っ」
どんなに呼んでも彼女が目を開けることはない、と散々きかされた。
それでも、堪えきれんくて。
「俺、お前が好きなんや……っ、詩歌……っ!」
最初で最後の告白。
お伽話やったら、ここでヒロインが目覚めたりするんやろうけど、そんな奇跡は起こらなかった。
ひさかたの
ひかりのどけき はるのひに
しづごころなく はなのちるらむ
ふと視界に入った憎らしいほどの青空。
四角に切り取られたその鮮やかな色の中を、ひらりはらりと淡い色した花びらが舞っていた。
(なぁ神様)
(あの桜が散るのをとめられたら、彼女の命を繋いでくれますか)
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