ひとはいさ


頬を撫でる春風。
ふわりと薫る花の匂いに、懐かしさを感じる。

四天宝寺を卒業して10年。
初めて開かれる同窓会。

みんな来るんやろか。

高校、大学、社会人。

歳を重ねるにつれ、縁遠くなってしまった顔が、次々と思い浮かぶ。

謙也、千歳、小春、ユウジ。
銀さんに小石川。

それから、菅野。

女テニのキャプテンでクラスメイトで。

そして、俺の初恋の人。

他の誰よりも仲良かった自信はあった。
せやけど結局、あと1歩が踏み出せず、そのまま卒業をむかえてしまった。

卒業式の日に告白していたら、今の俺の隣に、彼女が並んでいたんやろか。

そんなIfを思い浮かべてしまったのは、在学中に通い慣れたこの道に、あの日と同じように咲いとる八重桜のせいだ。

「もしかして……、白石、君?」

感傷に浸る俺の耳に運ばれた声。
反射的に振り返れば、春らしいシフォン素材のトップスにホワイトのクロップドパンツを合わせた女性の姿があった。

「……菅野?」

メイクもしとるし、俺の記憶にある顔よりずっと大人になっているけれど。

「あ、覚えててくれたんや」

嬉しいと顔を綻ばせる菅野。
そうすると昔の面影が垣間見える。

「当たり前やん。でもめっちゃ綺麗になっとるから、一瞬わからんかった」
「白石だって、元からかっこよかったけど、色気5割増だよ」
「なんやそれ」

ひとたび口を開けば自然と弾む会話。
10年前と変わらない気安さが心地好い。

「ねぇ、白石って今でもモテるん?」
「は?」
「やって学生ん時バレンタインとか誕生日とかすごかったやん?ファンクラブみたいなモンまであったし」

今でもそうなん?と訊ねてくる菅野に苦笑を返す。

「さすがにそこまではないで?」
「じゃあ彼女とかは?」
「今はおらんな」

10年の間に付き合った女性も何人かはおったけど、長くは続かんかった。

「そういう菅野は?」
「私もフリー。このまま仕事が生き甲斐になってまいそうなくらい」

なんて冗談めかす彼女。

せやったら。

「ほんなら付き合う?」
「え?」

ブラウンのアイラインで縁取られた瞳が丸くなる。

「付き合う……って、」
「俺と」

彼女の言葉の先を制すれば、困った顔で笑う菅野。

「白石らしくないよ、そないな冗談、」
「冗談やない。本気や」

ひらひらと振られとった菅野の手を掴んで、真正面から彼女の瞳を見詰める。

「信じられへん?」
「っ、やって……、」

チークで柔らかく色づいてた頬を紅潮させて、菅野は俺から視線を逸らした。

「10年、も、会ってへんやんか……。それなのに、いきなりそないなこと、言われても……」

尻窄まりになる彼女の声。

確かに菅野の言うこともわからんでもない。
俺自身、この10年で彼女のことはほろ苦い想い出にしたつもりやったから。

「いきなりやないで?10年前は言えへんかったけど、あの頃も菅野んこと好きやったもん」
「10年前も……って、じゃあ」

やけど、この場で菅野に会って話しとるうちに、冬の雪が春の陽射しに溶かされるように自然と「好き」という感情が、胸の奥から込み上げた。


「今でも好きや。せやから……俺と付き合うて下さい」



ひとはいさ
こころもしらず ふるさとは
はなぞむかしの かににほひける



(真っ赤な顔で頷いた菅野を、思いっ切り抱きしめた)



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